近江の城010 

                                                                               

矢島御所    0674
A 守山市矢島町 B少林寺の東・矢島自治会館  C平城
名神高速道栗東インタを下り、国道8号線を近江八幡方面に進みます。インタより1.4Km先の辻の信号で左折し県道11号線に入り、琵琶湖大橋方面に向かいます。2.5Km先でJR東海道線の陸橋を越え、さらに6Km先の洲本町の信号で左折し、県道26号線(通称浜街道)に入ります。1Km先の信号で左折し、少林寺を越えて左折すると矢島町自治会館でこの辺が城跡です。自治会館前に消えそうな説明板があるのみです。
F遺構等:説明板  G戦国期/足利氏  H満足度:凸
永禄八年(1565年)に兄の十三代将軍足利義輝が松永久秀・三好三人衆らに攻められ自決すると、弟の覚慶は興福寺一乗院を脱出し、甲賀の和田氏を頼り、さらにここ矢島の少林寺に入り永禄九年(1566年)に還俗し義秋(のちに義昭)と名乗りました。その後、越前の朝倉氏を頼ってここを出ますが、永禄十一年(1568年)に織田信長が奉じて上洛し、十五代将軍に就きました。
J訪城:2001/06
K公方屋敷
鈎陣所    0672
A 栗東市(旧:栗田郡栗東町)上鈎 B永正寺  C平城
名神高速栗東インタを下り、国道1号線を草津・大津方面に進みます。インタより2つ目の信号の上鈎(かみまがり)の信号で、その次の信号を右折し路地に入ります。200mほどでまた右折で、その先100mほで行った右手が永正寺です。寺の横の竹林には堀跡が残っているようですが、密集していて確認できません
F遺構等:説明板  G室町期/足利氏  H満足度:凸
長享元年(1487年)に足利義尚が六角高頼を攻めるために構えた陣所です。
J訪城:2001/06
衣川城    0696
A大津市堅田衣川町  B   C丘城
琵琶湖大橋から国道161号線に出て大津中心部方面に向かい1.6Km先の迎木口の信号を右折し県道313号線に入ります(左折すると「浮御堂」です)。JR湖西線を越え200mほどで明神橋の信号で左折し橋を渡り200m先を右折した衣川台の住宅団地の中の小公園に城址碑があります。

F遺構等:碑・説明板  G鎌倉期〜/山内氏  H満足度:凸
文暦元年(1234年)に山内義重が築いたとされます。十一代山内宗綱の時、大永六年(1526年)に細川氏に攻められ落城しました。

J訪城:2005/03