加賀/ 波佐谷城



ファイルNo1460

思った以上に技巧的な遺構が残る一向一揆の城

                            主郭土塁(櫓台)と井戸

@ はさたにじょう 
  別名 

A住所: 小松市波佐谷
B目標地点:波佐谷公民館 
C形式:丘城  D比高:75m 
E現況:山林 

F遺構等:郭・土塁・堀・竪堀・石垣・碑・説明板 
G時代/人物:戦国期/宇津呂氏
H満足度:凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  公民館から15分

J撮影・訪問時期:2006年06月

  
主郭西側下空堀

【道案内】 

北陸自動車道小松インタを下り、料金所から左折し県道25号線に入ります。900m先の長崎中の信号で右折し県道54号線に入ります。3.2Km先の長田南の信号で国道305号線(旧国道8号線)を横切ります。600m先が国道8号線バイパスで加賀方面に6Km進むと東山インタで、ここを下ります。国道416号線に入り南へ進みます。2Km先の長谷町の信号で右折し県道161号線を進みます。1.2Km先、波佐谷町に入ると道はいったんT字で左折し、すぐに再度T字でここを右折します。二つ目のT字のところに町内案内板があります。この案内板から200m先の左手が波佐谷の公民館(コミュニティセンター)でここに説明板が設置してあります。



【現況・訪城記録】

公民館で車を止め、公民館から250m戻ったところ(町内案内から50m先)の路地に入り、300mほど進むと「本丸登り口」という標識があり、ここより主郭に向かいます。または、町内案内板側に50m戻ると城跡の標識があります。ここから路地を進むと居館跡のような広い空間を越えると石段があり、ここを20mほど登ると出丸です。背後の高圧鉄塔側から主郭に行けます。出丸から主郭へは夏場だと夏草でわかりにくいです。私は出丸と主郭を別々のところから登りました。出丸は大きく二つの郭があり、土塁が巡っています。案内はなにもありませんが、そこそこの空間が残っていました。主郭登り口より登るとすぐに自然地形に近い堀切があり、反対側に岩場をくり貫いた氷室がありました。ここより標識に従い登ると左手にコの字の土塁を持つ郭があり、右手は大きな竪堀があります。さらに登ると竪堀の上部で右折し左手上が主郭です。主郭は50m四方はあるけっこう広いものです。南側と西側に1.5mほどの高さの土塁が巡ります。また、南西角には井戸跡でしょうか窪みとその角は土塁が広くなっていて櫓台のようです。また、この櫓台斜面に石垣(土止め?)の痕跡が見られます。主郭西側下に幅3m、深さ1.5m、長さ100mほどの一直線の空堀が残ります。この空堀はなかなか見事です。この空堀を越えた先が松岡寺跡です。


【歴史】

築城時期は定かではないようですが、一向一揆方の宇津呂(打尾)丹波という人物が築城したと伝えられます。天正八年(1580年)の柴田勝家の攻撃で落城しました。その後、小松城に入った村上勝頼が支城として波佐谷城に村上勝左衛門を入れたとされます。慶長三年(1598年)に村上氏は越後の本庄に転封され、この頃に波佐谷城は廃城になったと考えられます。

波佐谷には加賀一向宗の有力寺院の松岡寺がありました。この寺は蓮如の三男の蓮綱が建て、子の蓮慶がこの地に移したとされます。しかし、松岡寺は享禄四年(1531年)に一向宗の内紛で攻められて廃寺になったと伝えられます。
 <現地案内板より>
  
竪堀
  
主郭
     
  

近くの城・関連の城: 小松城

            

主郭下郭郭の土塁            主郭前の碑
西側空堀
    主郭土塁              主郭櫓台石垣痕跡 


出丸東側郭の土塁           出丸西側郭の土塁