加賀/ 松任城



ファイルNo1176


                            

@ まっとうじょう 
  別名 

A住所:白山市古城町
    旧:松任市西新町

B目標地点:松任駅そばの「おかりあ公園」(松任城址公園)
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:公園・住宅地

F遺構等:土塁?・石碑・説明板
G時代/人物:鎌倉期/松任氏
H満足度:
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  1分

J撮影・訪問時期:訪城:2004/09 
         出城 2008/06

  

道案内 

北陸自動車道金沢西インタを下り、国道8号線を福井方面に戻ります。9km先の倉光の信号で右折し県道174号線に入ります。500m先のY字を左手方向に進み、松任駅に向かいます。700m先の松任中西の信号(変則十字路)で直進(やや右手方向)し、1km先の左手、松任駅西側のおかりあ公園(松任城址公園)が城址です。遺構らしきものは、城址碑のあるところが少し盛り上がっていて土塁の名残でしょうか? 
訪城コメント

遺構らしきものは、城址碑のあるところが少し盛り上がっていて土塁の名残でしょうか? 

出城 白山市成町
 出城の碑の位置⇒ 
おかりあ公園(松任城址公園)から県道291号線を西に向かいます。750m先の成町の信号で右折し県道186号線に入ります。すぐにJR北陸本線の踏切を越え、100m先を左折し住宅街に入ります。150m先、水路を越えたところで左折し、40m先の小公園が出城跡です。碑文には、天正五年(1577年)に上杉謙信が松任城の攻撃の際、鏑木頼信はよく守ったため、謙信は成村の出城を先に落としたとされますが、その出城がこの地とあります。


歴史

鎌倉初期に加賀斎藤系林氏の一族松任十郎範光が築城したと伝承されます。 長享二年(1488年)以降、鏑木右衛門大夫入道常専が居城、子の頼信の時の天正五年(1577年)に上杉謙信に攻められ落城、天正六年の手取川の戦いを経て、一向宗方の若林長門守が拠ったとされますが、天正八年に柴田勝家の家臣の徳山則秀が在城、天正十一年には前田利長が入城し天正十五年まで在城しました。 関が原の戦い以後 再度 前田利長の所領になりましたが、慶長十九年頃廃城になったと推定されます。

  

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