美濃/ 法林寺城



ファイルNo1245

       北西側堀切を横から      

@ ほうりんじじょう
A住所:本巣市文殊
B目標地点:文殊の森・道の駅織部の郷・織部駅 
C形式:山城 D比高:250m 
E現況:山林 

F遺構等:郭・堀切・城跡標識
G時代/人物:戦国期/藤崎氏?・古田氏?
H満足度: 凸+☆
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  文殊の森35分
J撮影・訪問時期:2006年02月・2020年01月


  
法林寺城南の堀切

【道案内】

国道21号線で岐阜市方面から来ると、長良川を瑞穂大橋で渡り、900m先の朝日大学口の信号で右折し県道23号線に入ります。5Km先の信号で直進し国道157号線には入ります。900m先で国道303号線左折の分岐交差点がありますが直進し国道157号線をそのまま進みます。4.5Km先で県道78号線と交差します。その先1.5Kmに道の駅織部の里があります。この手前100mほどに文殊の森の案内板がありこれに従い右折します。各所の案内板に従い道なり900mほど進むと文殊の森駐車場に至ります。ここより森の案内板に従い左手方向に登ります。途中まで一般車立入禁止のアスファルト道を進み、林道終点から遊歩道を登ると山口城で、ここを経由(野鳥の森経由)で望郷の展望台に向かいます。望郷の展望台が法林寺城です。または、林道終点から砂利道の林道を進むとバードウオッチ小屋を過ぎると左に尾根に登る遊歩道があり、ここを登ると望郷の展望台(法林寺城)です。さらには、駐車場からまっすぐ進みキャンプ場を越えて急な坂道を上り、文殊峠を越えて比高230mを登りきると望郷の展望台(法林寺城)です。 



【訪城備忘録】

この日は山口城より遊歩道を進み望郷の展望台に向かいました。山口城よりいったん遊歩道まで比高50mほど下がり、遊歩道を再び東の峰に向かって登ります。途中から南側から階段状の遊歩道を登ります。浅い堀切が確認できました。展望台にはソーラー発電設備を持った防災通信施設が建てられています。山頂部は施設の大きさのわりには平坦地が広く、北側、東側は急な斜面になっていました。西側は北と西に尾根が続いているようで、北側に浅い竪堀状の形状が認められました。その先に堀切があります。これはわりと明瞭です。この望郷の展望台(法林寺城)から北側の峰が祐向山城で、さらに、法林寺城主郭から北東側尾根に下りていくと自然地形の幅広い堀切状とその右手に大きな竪堀状があります。ここから尾根を進んでいくと掛洞城に至ります。


【歴史】

祐向山城は説明板には弘安元年(1278年)に藤崎十郎四郎泰綱、大永七年(1527年)には斉藤道三が城主と書かれてました。 大永七年は斎藤道三(当時は西村勘九郎)が企てて、土岐政頼を追って頼芸が美濃守護となった年で、この恩賞で祐向山城主となっています。この城は永禄七年(1564年)に斉藤龍興が竹中半兵衛のクーデターで稲葉山城(岐阜城)を追われた時に逃れた城とも伝えられます。

法林寺城は祐向山城の支城でしょうか?詳細不明です。

法林寺城・祐向山城
(法林寺城背後に山頂だけ見えている)遠望
  
法林寺城より祐向山城を見る
  
祐向山城・右手尾根に掛洞城

  
北西側堀切を上から
現地説明板より 上が北
眺望 
眺望(上の写真の夕暮れ)
  
南西堀切@   南西堀切@
南西堀切@    南西堀切A
北西堀切
斜面   北西堀切   上から
主郭北西側段郭
竪堀状          掛洞城側尾根  法林寺主郭尾根を見る 

近くの城・関連の城: 山口城