美濃 / 鷹撃谷城



ファイルNo0920


                            

@ たかちがやじょう 
  別名  大井城

A住所:恵那市大井町(野畑1組)  
B目標地点:
C形式:丘城  D比高:30m 
E現況:宅地・畑

F遺構等:
G時代/人物: 室町期/藤井氏 
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  5分

J撮影・訪問時期:2005年06月

  

道案内 

道が狭くて説明しにくいところです。方向としては恵那駅から北東400mの河川段丘の先端にあり、恵那駅から見ると北東側阿木川の先の小路川の段丘上で野畑1区付近です。
中央道恵那インタから県道68号線に右折し、300m先の坂の上の5差路の信号で左折し400m先の恵那駅に至ります。このまま路地を直進したいのですが一方通行なので、恵那駅前の信号で右折し次の中央通り1の信号を左折し旧中仙道の道に入ります。阿木川を渡り、300m先の路地を左折します。300m先で明知鉄道・JRのガードをくぐり、変則十字路を右折しJR沿いに150mほど進み左折します。100m先で左側の住宅地の道に入り丘の先端まで行くと城跡です。この住宅地が城域のようです。
 
訪城記録

この鷹撃谷城は大井城とも呼びますが、近くにもうひとつ大井城があり、麓の大井宿近くで現在大井小学校の敷地となっています。鷹撃谷城は丘の先端にあり、周囲は新興住宅が立ち並び遺構なんぞ残っていないと思いましたが、丘の先端は現在は畑地になっており、その周囲に土塁が巡り、その土塁の上に大井城と書かれた城址碑も立っています。また、土塁の外側を空堀が巡ります。資料ではこの土塁・堀は後世に畑とする際に作られた部分もあるとの事です。郭跡である畑地の西側の堀は城の遺構には間違い無いようでそれに伴う郭側の土塁も遺構と思われます。現在、堀は丘の先端から20mほど堀切のように残り、郭跡を巡るように曲がっていますが、本来はそのまままっすぐ伸びて大きく城館全体を巡っていたようです。

歴史

築城時期等は不明のようです。史料には藤井宗常・常守兄弟によって築かれたとあるようです。文明五年(1473年)に小笠原家長に攻められ落城したとありますが、この城か、もうひとつの大井城か定かではないようです。


空堀                  土塁

  

近くの城・関連の城:大井城