美濃 可児大森



ファイルNo0913


                            空堀

@ おおもりじょう 
  別名  −−−−−

A住所:可児市大森 
B目標地点:大森神社
C形式:丘城  D比高:40m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀・土塁・碑・説明板
G時代/人物: 戦国期/大森氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  神社より10分

J撮影・訪問時期:
2001年04月・2016年10月

  

道案内  

中央高速多治見インタを下り、国道248号線で可児市方面に進みます。1.2Km先の多治見西高校前の信号で右折し県道83号線に入ります。道なりに2.5Km先の松阪町3の信号で右折します。(直進は県道113号線です) 2.2Km先大森新田の信号でまた左折します。ここより市道を2Km行くと大森中組のバス停の手前で斜め左に入ると大森公民館のバス停があります。1本目の路地を左折すると大森神社があり、この神社の奥が城跡です。
 
訪城備忘録
副郭から堀切越しに主郭

大森神社の鳥居横に説明板と本殿下に城址碑があります。本殿左手から廻り込むように背後に登ります。2001年当時は整備はされてませんでしたが、2016年再訪の時には大森神社側の堀、郭内は木々が綺麗に伐採され、整備されていました。主郭などを取り巻く空堀や郭の土塁が明瞭に残っています。丘陵の頂部を主郭とし、南側に堀切を挟んで同じ高さにある副郭、その先に堀を挟んで南端の郭、主郭の北側には虎口と城道に結ばれた一段下に周囲を土塁が巡る郭があり、ここからさらに東側下に東側の堀と連結した郭があります。遺構の残存度は良好です。


横掘
歴史

永禄年間に久々利城土岐氏に属した奥村元信の子の奥村又八郎が築城しました。天正十年(1582年)に金山城の森長可に攻められ落城しました。

現地案内板より
登り道より主郭と堀を見る
主郭と南の郭の間の堀切を下から
主郭東側の横掘(堀底道?)
東側の堀から北側の下の郭の虎口?
北側の下の郭
北側の上の郭
北側の上の郭から主郭方向             主郭虎口
北側の上の郭
主郭
主郭と南の郭の間の堀切
主郭と南の郭の間の堀切
南の郭の西下堀
南の郭と土塁
南の郭土塁      南の郭から堀切と主郭
主郭西下から横掘と堀切を見る(左上主郭)
  
郭内
  

近くの城・関連の城:久々利城