美濃 菩提山城



ファイルNo0900


                    主郭手前馬出しと空堀

@ ぼだいさんじょう 
  別名  岩手城

A住所:不破郡垂井町岩手
B目標地点:
C形式:山城  D比高:330m 
E現況:山林
F遺構等:堀・堀切・竪堀・畝堀・土塁・説明板
G時代/人物: 室町期?/岩手氏・竹中氏
H満足度: 凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  50分

J撮影・訪問時期:
2004年11月・2014年05月

  

道案内   ←白山神社下駐車場からの登り口  ←大手道経由の登り口

大垣市内より国道21号線で来ると、垂井町に入って2.5Km先の御所野の信号で右折し県道257号線に入り、1Km先の御幸橋で川を渡ったらすぐに左折します。道なりに2.1Kmほど行くと県道53号線の交差点ですので、いったん左折しすぐの信号を右折します。750m先左手が岩手小学校でこの手前を左折し700m先でJR東海道線を越え、坂を登ります。300mほど登ると右手に駐車場があり、白山神社の登り口があります。ここより白山神社(神社本殿を正面に左手)を経て、尾根筋を登ります。(関ケ原方面から来ると、国道21号線関が原バイパスから県道53号線に入り、1.2Km先を左折します。)

また、大手道経由はお茶屋口など3ケ所あり、いずれの道もすぐに合流し大手道筋を登ります。白山神社からも、大手道経由の道も城跡手前8合目くらいで合流します。 なお、白山神社側の登り口に林道が出来ていますが、城跡には直接向かってないようですし、一般車は入れないようです。 
 
訪城備忘録

白山神社より40分程度、大手道経由で2kmで山頂です。白山神社側は距離は短いようですが、階段状の急な道、大手道経由は距離は長いですが、階段状はほとんどなく、もしかしたら大手筋の遺構かなという箇所が何箇所かあり、その分飽きません。2004年に白山神社経由で訪城し、2014年に大手道経由で再訪しましたが、10年前に比べ、ほどよく整備され、おせっかいな過剰整備もなく、当時の縄張りを楽しめます。主郭の手前にあるI字とL字の空堀で虎口空間が作られています。今は馬出しの標識が立っています。城郭用語ですから馬出なんですが、山上でこの用語はいつも違和感がある(笑) まあ、虎口もそうかもしれないけど。主郭周囲には堀切や竪堀で無い、こういった空堀を山城の山頂部で見るのは少ないですが。技巧的な縄張りと感じます。また、西の郭の先には巨大な竪堀が3条ほどあります。もうひとつの見所は、南西側の説明板では三の丸と出丸とされている郭の間にある大きな堀切及び出丸の外側にある畝状竪堀及び堀切と両サイドの大きな竪堀の組み合わせです。どれも見事な遺構です。

主郭説明板
歴史

岩手氏の居城ですが、築城時期は不明のようです。永禄元年(1558年)に岩手弾正左衛門頼重を大御堂城の竹中重元が攻め追放し、この城を大改修し、永禄四年(1561年)頃完成させたようです。重元の子の半平衛重治は、永禄七年(1564年)に斉藤龍興を諌める為にわずかな兵で稲葉山城を占拠しました。その後、織田氏に属し木下藤吉郎秀吉(豊臣秀吉)の与力として活躍しますが、天正七年(1579年)に播州三木城攻めの陣中で没しました。重治の子の重門は岩手に館城を築いて菩提山城は関ケ原の戦いの頃に廃城になったと思われます。


菩提山城⇒追加写真へ
堀切            畝状竪堀
2004年撮影      主郭空堀      2014年撮影
主郭からの眺望        説明板より
 
  
城域前堀切
左/主郭切岸・右/大手郭
主郭空堀
二の郭側空堀
空堀が構成する馬出
関ヶ原方面の眺望
西の郭竪堀
長大な竪堀
堀切
竪堀
堀切
畝堀竪堀
畝状竪堀と横掘
城跡遠望
主郭斜面

近くの城・関連の城:竹中氏陣屋