美濃 / 二日町城



ファイルNo0438


                          主郭  

@ ふつかまちじょう 
  別名  −−−−−

A住所: 郡上市白鳥町向小駄良 
B目標地点:
C形式:山城  D比高:120m 
E現況:山林

F遺構等:畝状竪堀・土塁・碑・説明板
G時代/人物: 鎌倉期末/東氏
H満足度:
凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  林道説明板のところより5分


J撮影・訪問時期:2004年11月・2005年11月
             2015年04月

  

道案内  

東海北陸自動車道の白鳥インタを下り、国道156号線に出ます。国道で富山方面に向かい、向小駄良の信号を過ぎて600mほど進み、二日町下田のバス停のところで左折し路地に入ります。突きあたり左、Y字を左と進んで、林道に入ります。道なりに10分ほど登ると左手に城跡案内板があり、そこより城跡に入ります。

訪城備忘録

林道から城跡に向かい登りますが、登っている道は元々大きな竪堀の跡のようです。ここの城の見所は主郭の南側下にある畝状竪堀です。東氏の本城である篠脇城ほどではありませんが、それでも斜面の畝堀ははっきり確認できますし、この地域では篠脇城とここの城にしか存在しません。また、主郭東側とその下の腰郭との切岸は5mほどあり明瞭です。主郭には人柱伝説のある桧があります。この桧は城主(益之)が築城時、工事の石垣が崩れるため、人柱を立てたところ城は完成したようで、何人が人柱になったか不明ながら、そんなことがあって、ここの桧は幹が伸びてその幹から枝が広がるのでは無く、根元から八方に枝が広がる変わった桧に育ったようです。ところで、麓近くで国道との間、ある工場がある尾根先端に歴史とはまったく関係ない地元では大西城と呼ばれる天守?(櫓)が建っているところがありました。ご愛嬌??

畝状竪堀
歴史

康永年間(1342〜1344年)に篠脇城主東益之が築城し、次男安藤遠江守氏世を居城させたとされます。この城は東氏の北の守りの城であり、北の鷲見氏、後には内ケ島氏、西の越前朝倉氏に対する城という役割を持っていました。東氏(常慶)は天文十年(1541年)に本城を篠脇城から赤谷山(東殿山)城に移しましたが、永禄二年(1559年)に一族の遠藤氏(盛数)によって滅ぼされました。 <現地案内板より>

主郭切岸         城址碑
城跡入口の碑         城跡への路(堀切・土橋)
人柱の桧         主郭の碑
畝状竪堀         堀切
斜面の横から竪堀          竪堀
竪堀
竪堀
  
擬似城(大西城)

近くの城・関連の城: 篠脇城