信濃 / 米山城



ファイルNo0414


                             主郭(村上氏石碑)

@ よねやまじょう 
  別名  −−−−−

A住所:上田市住吉
B目標地点:
C形式:山城  D比高:120m 
E現況:山林

F遺構等:郭・石碑・説明板
G時代/人物: 戦国期/村上氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  麓の城址碑から30分

J撮影・訪問時期:2002年05月

  

道案内 

信越自動車道の上田菅平インタより国道144号線に入り上野の信号を越え、伊勢山の信号で左折し上野の集落を通り、500m先の十字路で右折します。細い路地を抜けると麓の案内板と城跡標識に出ます。その先の畑地より北へ向かう尾根を登りだします。途中道標がありますので安心です。10分程度で東西に走る尾根に着きます。左に行くと米山城(約10分)、右に行くと戸石城(約15分)となります。

訪城備忘録

麓の畑地より尾根までまず登ります。道標があり左手に進みと急な坂道になりそこに鎖が垂れ下がっています。これを使いながら30mほど登りますと城跡です。戸石城(本城)から比べると簡単な縄張りに感じます。

現地案内板より
歴史

築城年代は不明ですが戦国期に村上氏が小県方面への拠点にしていました。天文十九年(1550年)に村上義清が武田晴信(信玄)を大敗させた「戸石崩れ」は有名ですが、天文二十年(1551年)に真田幸隆は諜略でこの城を単独で落としました。真田幸隆の子の真田昌幸もこの城に居城しましたが、天正十一年(1583年)に上田に移り上田城を築城しました。それ以後も上田城の支城として機能しました。
米山城:戸石城の西南の峰続きにあり、主郭の南に二の郭・三の郭を配し、その下に腰郭も築かれています。この城には白米で馬を洗って水がまだあるように見せかけた白米伝説も残ります。 <現地案内板より 上田教育委員会>


郭                      城址碑

米山城への坂(左)と尾根道(右)

  

  

近くの城・関連の城:戸石城