信濃 / 戸石城



ファイルNo0413

信玄の戸石崩れでも有名・上田城に移るまでの真田氏の拠点

                            本城手前居館部土塁

@ といしじょう 
  別名  −−−−−

A住所:上田市上野 
B目標地点:陽泰寺・砥石健城神社
C形式:山城  D比高:120m 
E現況:山林

F遺構等:土塁・堀切・石垣・碑・説明板
G時代/人物: 戦国期/村上氏・真田氏
H満足度: 凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  40分

J撮影・訪問時期:2002年05月

  

道案内 

上信越自動車道の上田菅平インタより国道144号線に入り上野の信号を越え、伊勢山の信号で左折し上野の集落を通り、500m先の十字路で右折します。細い路地を抜けると麓の案内板と城跡標識に出ます。その先の畑地より北へ向かう尾根を登りだします。途中道標がありますので安心です。10分程度で東西に走る尾根に着きます。左に行くと米山城(約10分)、右に行くと戸石城(約15分)となります。(あるいは陽泰寺まで行き、左手より登ると大手口(戸石城と本城の間)に至るようです。)
 
訪城記録

麓より尾根まで登り右手に進み登ります。本城は石垣及び前面に広域な居住スペースの遺構があり見応え有ります。規模は違いますが近江小谷城に似た感じがあります。 戸石城は、戸石城塞群の中では一番南側で低い位置にあります。北側に深い堀切があります。 本城は、城塞群では広大な領域を持ちます。戸石城より登ってくると大手口を越えスロープのような土塁を登って行くと家臣団の住まいがあったのでしょうか?山上ながら大変広い平坦地に出ます。東に一段下がった郭も広いと言う印象です。本城(主郭)虎口には石垣が残ります。本城の広い平坦地で殿舎が建てられていたと想像します。 桝形城は、城塞群では一番北の最高地にあります。詰の城というより見張りの城という感じでしょうか


桝形城
歴史

築城年代は不明ですが戦国期に村上氏が小県方面への拠点にしていました。戸石城は「戸石城+本城+桝形城」という3つの別郭で総称として戸石城となり、出城的な米山城も加えて城塞群を形成しています。天文十九年(1550年)に村上義清が武田晴信(信玄)を大敗させた「戸石崩れ」は有名ですが、天文二十年(1551年)に真田幸隆は諜略でこの城を単独で落としました。真田幸隆の子の真田昌幸もこの城に居城しましたが、天正十一年(1583年)に上田に移り上田城を築城しました。それ以後も上田城の支城として機能しました。 <現地案内板 参考>


戸石城堀切               本城虎口石垣

桝形城より真田郷を見る                桝形城堀切     

  
戸石城城址碑                 麓の城址碑
登り口                     登り途中
戸石城主郭                 大手口付近
居館区域
本城虎口                     本城内
桝形城

  
  

近くの城・関連の城:米山城