信濃/ | 高島城 |
ファイルNo0397 |
@ たかしまじょう |
道案内 ←公園駐車場 | |||
中央高速道諏訪インタを下り、すぐの国道20号線新道を左折し進みそのまま県道487号線に入り進みます。上川沿いを進み六斗橋の信号で右折し県道50号を進みます。1Km先右手が市役所でその先左手が城跡です。 |
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訪城備忘録 | |||
浮城で有名な高島城も今は諏訪湖からも離れてしまった場所に本丸跡(石垣と水堀)が町の中に残るのみという感じです。往時は西側は諏訪湖に面し、東側は湿地帯、本丸から二の丸が西側を除く三方を囲み、北側に三の丸、衣之渡郭と続き、二の丸の南東側に南郭があったようです。大手は北側で、南郭は橋一本で繋がる孤島状態の郭であったようです。現在は本丸に復興天守が建ち、櫓・城門が復元されています。また、高島公園西側には三の丸御殿裏門が移築されています。本丸に復元された櫓門は冠木門と呼ぶそうです。これは元々が冠木門だったものが後に櫓門に改められますが、名前だけ冠木門として残ってしまったためと推測されるようです。市内の温泉寺に城門と能舞台が移築され、山門と本堂に使われています。城門は塩尻市の北熊井城の近くにある常光寺にも移築されてますが、こちらは行けてません。 2021年12月の朝に再訪しました。気温ー3℃、水堀が凍ってました。20年ぶりに再訪しましたが昔の佇まいそのままという感じです。 近くに高島古城(石碑のみ)がありますが、これも行きそこないました。 |
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豊臣秀吉の命で日野根織部正高吉によって縄張りされ文禄元年(1592年)に築城開始し慶長三年(1598年)に完成しました。慶長六年(1601年)に諏訪頼水が入り、以後、十代諏訪忠礼までの270年間の間、諏訪氏の居城でありました。 <現地案内板より> |
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