東三河の城004 

                                                                               

欠下城 0146
城址碑と切岸
A 新城市矢部  B愛知県青年道場・勅養寺
県道21号線を長篠方面から豊川方面に向かうと矢部地区の真ん中くらいで左手に駄菓子屋さんが1軒ポツンとなるところを右折、集落を抜けると 「青年道場・欠下城」という道標があり、それに従い登ります。城跡は青年道場となっており、本郭下に石碑が建ちます。

F遺構等:郭・切岸?・石碑  
G室町期/不明  H満足度:凸
詳細不明

J訪城:2003/02
夷城 0147
城址碑
別名:夷ケ谷城・円の平城
A新城市矢部
県道21号線を長篠方面から豊川方面に向かい、矢部地区の終わりかけ県道の左手の用水路のそばに碑が立っています。

F遺構等:郭・切岸?・石碑  
G戦国期/奥平氏  H満足度:凸
天正期の築城です。奥平信昌の子(松平忠明)はここで生まれたと史料に書かれているそうです

J訪城:2003/02
徳定城 0148
郭跡?
城跡遠望
A 新城市徳定
県道21号線を長篠方面から豊川方面に向かうと徳定集落で集落より飛び出した感じの丘がある。(21号線の道沿い左側) そこに墓地と昔牛舎だった施設が建っている。ここが城跡。堀跡が道になっていたりするが遺構はわかりにくい。

F遺構等:郭・堀  
G戦国期/菅沼氏  H満足度:凸弘治二年、野田城主菅沼氏の支城として築城され、その後、新城城主奥平信昌の支城として機能し、天正十八年(1590年)に廃城になったこの事です。

J訪城:2003/02