東三河/ 登屋ケ根



ファイルNo0196

                            

@ とやがねじょう 
  別名  −−−−−

A住所:豊川市長沢町番場
    旧:宝飯郡音羽町長沢番場

B目標地点:慶忠院     
C形式:丘城  D比高:10m 
E現況:畑地・商業施設

F遺構等:堀・猪垣・碑
G時代/人物: 戦国期/関口氏
H満足度:
凸☆
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  5分


J撮影・訪問時期:2002年08月

  
道案内 

東名高速道の音羽インターより国道1号線を岡崎方面に向かい、国道1号線と旧東海道がつながる関屋の信号の20m先の路地を左折します。路地の入り口に登屋ケ根城入り口の表示が有ります。そこよりまっすぐ正面の丘に向かうと丘の麓に城址碑があります。 

訪城コメント

ここの城は実は3回ほど場所探しをして判らなかった城です。ここだけはぜったいに違うだろうと思っていたところが城跡でした。丘の上に現代の城が主郭を占拠しています。城跡は丘の周囲を空堀が巡り、ところどころに猪垣の石積みが認められます。空堀は周囲を巡るものに加え、東西より郭に切り込み状空堀があり、それが食い違い状態で主郭と副郭の間で土橋を形成しています。へんなものは建っていますが、空堀で区切られた縄張りは確認できます。

歴史

吉良長氏の次男国長が今川庄に入って今川氏を名乗り、国長の子が基氏で、その弟の常氏が長沢にきてこの城を築き、さらに弟の経国が関口氏を名乗ったとのことです。その後は今川系の城となっていたようで、永禄四年(1561年)松平方に攻められ今川勢は退いたようです。この戦いで、本多平八郎は14歳の若さで初陣を飾ったとされます。

  

近くの城・関連の城:岩略寺城