東三河/ 蒲形城
蒲形陣屋



ファイルNo0187

鵜殿氏系の城

                        江戸期陣屋の土塁    

@ がまがたじょう 
  別名  下ノ郷城

A住所: 蒲郡市本町  
B目標地点: 蒲郡高校    
C形式:平城  D比高:ーーーm 
E現況:稲荷社・宅地・高校

F遺構等:郭・(江戸期)土塁
G時代/人物: 戦国期/鵜殿氏〜竹谷松平氏
H満足度:
凸☆
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  5分


J撮影・訪問時期:2003年11月・2008年03月

  

道案内 

JR蒲郡駅の北側をJRと平行に通ってる県道323号線の神明の信号を北上し、500m先の本町西の信号を直進、さらに400m先が上本町の信号で国道473号線に合流です。この付近、蒲郡高校の南側一帯が城跡です。 
 
訪城コメント

本来の蒲形城の遺構は消滅しているようです。江戸期交代寄合であった松平氏の屋敷跡が蒲形城の城域内である蒲郡高校から国道473号線を挟んで200mほど南側の稲荷社付近(本町12)に土塁が残っています。(本町西の信号からは、上本町の信号側へ北に行った一本目の路地を右に200mほど行ったところにある弘法堂というお寺から北へ100mほどのところが稲荷社付近です。)<個人宅の敷地かもしれませんのでご注意を。>なお、この江戸期蒲形陣屋付近は蒲形城址として市指定史跡だったようですが、陣屋の区域という事で史跡指定が解除されたようで、今後、宅地化などされるかもしれません。また、蒲郡市博物館に蒲形陣屋の大手門が移築復元されています。

歴史

上ノ郷城鵜殿長持の時に、長存が分家し、天正期前期に城を築きました。上ノ郷鵜殿氏は松平元康(徳川家康)に破れ消滅しますが、蒲形城鵜殿氏は徳川氏に従い、天正十八年(1990年)の徳川氏の関東移封に従います。江戸期に入り慶長十七年(1612年)、竹谷松平氏が五千石の交代寄合の旗本として入り、城内の一角に屋敷を構え、明治まで続きました。


←移築門の場所(蒲郡市博物館) 

近くの城・関連の城: 上ノ郷城  牟呂城  柏原城  不相城