東三河/ 茂松城



ファイルNo0088

東三河最大の井戸が残る。

         主郭   

@ しげまつじょう 
  別名 高坂城

A住所:豊川市御津町広石
    旧:宝飯郡御津町広石 

B目標地点:県立御津高校 
C形式:丘城  D比高:50m 
E現況:雑木林 

F遺構等:堀切・竪堀・土塁・井戸・碑・説明板 
G時代/人物:平安・鎌倉期?〜戦国期
   /(源範頼・細川氏)?〜牧野氏〜牧氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  御津高校通用門前より10分

J撮影・訪問時期:2001年9月・2003年3月

  
主郭背後の大土塁

【道案内】  

豊橋方面から来ると国道23号線入浜の信号を右折し県道31号線に入ります。(国道1号線の白鳥の信号から県道31号線を下ってもよしです。) JR東海道線の陸橋を越え、御津町役場付近の為当町市木の信号で旧県道31号に入りさらに次の為当町の信号で左折し県道373号に入ります。 次の広石の信号で右折し県道372号に入り竹本城を県道が貫通した場所を越えると左に御津高校への道が有ります。(標識有り)ここに左折し御津高校に向かいます。御津高校の正門より右側へ廻りこむ道が有り進むと高校の通用門です。ここの前の山の尾根先端に城跡はあります。
  



【訪城備忘録・歴史】

説明板には源範頼・細川勝久が居城し細川氏は今川氏に滅ぼされ、戦国期は牧主計が居住しましたが桶狭間の戦いにて討ち死に廃城になったとあります<現地案内板より 御津町教育委員会> 別の資料では牧野氏の御津支配のための竹本城に対する詰城的性格の城であったともあります。詰城としては比高も無く、防御的にも強固ではなく、主郭は館城を思わせるものです。本来はハイキングコースがあり、どこかに登り口があるはずでしょうが、夏場で夏草にて道が分かりませんでした。しかたがないので、御津高校の通用門手前より山に入り直登しました。10分もかからず城跡には着きます。主郭はすり鉢形状で 掘り下げて平坦地を作っています。尾根側に大土塁となって一段と高くなっています。その先は堀切で、少し尾根を進むともうひとつの堀切にぶつかります。この堀切はハイキングコースの道になっています。主郭の東側下には直径3mの東三河一の井戸跡が残っています。

  
東三河で一番大きな井戸遺構
  
  

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