尾張/ 知多・大草城



ファイルNo0580

未完成の城ながら土塁・堀がよく残っている。

                  主郭土塁            

① おおくさじょう 
  別名  -----

②住所:知多市大草  
③目標地点:大草公園
④形式:平山城  ⑤比高:10m 
⑥現況:公園・宅地・畑地

⑦遺構等:堀・水堀・土塁・説明板・模擬櫓
⑧時代/人物: 戦国期/織田氏
⑨満足度: 凸凸
⑩最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  公園駐車場より5分

⑪撮影・訪問時期:2003年07月 他

  

道案内  

知多半島道路の半田中央ジャンクションからセントレアラインに入り、常滑インタで下ります。県道265号線から多屋の信号で右折し国道155号線に入ります。約7km先、国道155号線の知多市と常滑市の境、新海南の信号を国道から左折、西へ川沿いを進み、200m先で右折した正面の小高い丘の茂みが城跡です。
訪城備忘録

この城は普請を開始したものの未完成に終わった城です。それでも本丸と二の丸を巡る土塁は3m近くあり、堀も東側は特によく残っていて、西側も住宅地にはなっていますが、堀の形が明瞭分かります。そういう意味では主要部はほぼ完全に残っていると言えます。主要部北側の集落の中にも鍵状に外郭の土塁が残っていましたが、宅地造成で消滅するようです。

二の丸土塁
歴史

織田信長の弟の織田長益(有楽斎)が築城を開始したものの、天正十年(1582年)の本能寺の変で信長が倒れ、長益の天正十二年(1584年)には攝津に転封となったため、地形(ちぎょう)の普請が終わったところで未完成のまま放棄された城です。<現地案内板より>

模擬櫓    水堀
  
集落内にあった外郭の土塁(発掘現場)
本丸と二の丸の区切りの土塁

近くの城・関連の城:知多・大野城