西三河/ | 霧山白山城 |
ファイルNo0319 |
畝状竪堀の遺構が認められる城
@ きりやまはくさんじょう |
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【道案内】 豊田市中心部より国道153号から国道301号線に入り足助方面に進み、松平橋手前の県道487号線へ左折します。(松平橋を渡るとT字交差点で右が国道301号線、左が県道39号線になり県道39号線でも足助に出ます。)約5km先、県道487号線から右手方向県道343号線に進みます。霧山バス停過ぎの左側奥に白山神社があり、この社殿裏手より急な階段を登り、さらに本殿裏手の細い山道を山頂まで登りますと白山神社の奥宮があり、この一帯が城跡です。 (@白山神社は豊田市・足助町に複数ありますので注意下さい。 A県道343号線は霧山地区よりさらに進むと則定地区となり県道39号線と合流します。) 【訪城備忘録】 少々きつめの石段を登り、中腹からさらに頂上に向かって道が薄っすらとしかわからない山道を登っていきます。山頂は30m四方程度の平坦地となっており白山神社の奥宮があります。この主郭南側(登ってきた方)に堀切状の堀とそれに架かる土橋が確認できます。また、この城は、規模としては小規模なのですが、土橋の東側に不明瞭ですが竪堀が3条確認できます。畝堀状になっていて特徴的です。 【歴史】 築城時期・城主ともに不明です。しかし、西山麓に松山という地区があり、ここは戦国期に信州川中島より戦火を逃れて移り住んだ島村氏が移住した地区と伝えられます。この島村氏と当城の関連、あるいは近くの椎城との関連が考えらるます。 (資料より) |
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