伊勢 蒔田城



ファイルNo4095


            寺周囲の水堀                

@ まいたじょう 
  別名 蒔田館 

A住所:四日市市蒔田
B目標地点:長名寺
C形式:平城  D比高:ーーm 
E現況:寺

F遺構等:郭・堀・土塁・説明板
G時代/人物:平安期/平氏
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  2分

J撮影・訪問時期:2024年11月

  

道案内 

伊勢湾岸道のみえ朝日インタを下り、みえ朝日IC入口の信号を左折し県道66号線に入ります。約700m先の黄金町の信号を左折し県道26号線に入ります。約800m先の川北三丁目の信号で国道1号線新道を横切り直進します。約1.2km先の蒔田の信号を左折し県道66号線旧道に入ります。約200m先を左折した先が長名寺です。寺の山門前水堀沿いに左手に行き、標識に従い右折すると寺の駐車場です。
 
訪城備忘録

寺の山門横に説明板があります。山門前(東側)から北側及び西側までわりとしっかりとした水堀が巡っています。特に山門前の東側がきれいです。(整備されているのでしょうけど) 東南端の鐘楼は土壇の上にあり、土塁の痕跡のように見えます。

説明板
歴史

寿永年間(1182〜85年)に伊勢平氏の平家資が築城したとされます。鎌倉初期に源氏方に攻められ落城したとされます。その後、藤原宗勝が入り、蒔田相模守宗勝と名乗りました。戦国期になると春日部家春が入りますが、永禄年間に織田信長に攻められ降伏し、織田氏に従ったとされます。

北面の堀     土塁?
  
山門前の水堀
鐘撞堂の土塁?
本堂     長名寺      山門
      大矢知城 4096  

@ おおやちじょう 別名 大城 A住所:四日市市大矢知町 B目標地点:大矢知北町の信号
C形式:山平城  D比高:ーーm E現況:公共施設  F遺構等:説明板
G時代/人物:戦国期/大矢知氏  H満足度:
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:1分
J撮影・訪問時期:2024年11月
県道9号線大矢知北の信号を北に折れるとすぐに道路沿いに城跡説明板があります。城跡は朝明配水場になって遺構は消滅しているようです。説明板のある道とは配水場を挟んで反対側の道(県道9号線から入る)は堀切跡のような地形をしてました。

戦国期<文明年間(1469〜87年)の頃>に北勢48家のひとりの大矢知遠江守経頼が築城したとされます。大矢知氏は伊勢守護の一色氏の小守護でありましたが、文明十六年(1484年)に一色義春の死去により一色氏は伊勢守護職を失い、大矢知氏も小守護ではなくなりました。永禄十年(1567年)、織田信長方の滝川一益に攻められ降伏、信長に臣従し、柴田勝家配下となったようです。

同じ大矢知町には長倉神社あたりに大矢知砦という城跡もあり、こちらにも説明板があるようです。

    説明板と後方は城域         配水場の裏手(堀切跡だろうか?)

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