道案内  |
東名阪自動車道鈴鹿インタを下り、右手、県道27号線に出ます。700m先で国道306号線を横切り、県道560号線に入ります。3Km先でT字を右折し県道11号線に入ります。(2.1Km先、T字路を(左折は大久保城(鈴鹿市)へ向かう方向)右折し県道11号線をそのまま進みます。(あるいは、新名神高速道路の鈴鹿PAのETCインタを下り、高速道路の反対側の県道11号線に出て、北へ向かいT字を右折します。) 約1.6km先の昭和橋で内部川を渡ります。橋から約250m先、左手に下りる細道があります。ここに入り、約100m先の小川の橋を渡り、左手、茶畑の間の道を段丘下まで行くと土管が少し見えてる箇所があり、そこの茂みに入ると城跡の堀切下に至ります。
(内部川沿いの道から私的農場の中の道を進んで、または、水沢町の町内の細道を進み小川の橋を渡って、いずれも、私的農場の管理棟まで行き、管理棟の真ん中の道を丘陵先端の茶畑の端まで行けば城跡手前まで行けますが、立入禁止の看板は無いものの、なんか気が引けますので前述の段丘下の茶畑から入った方がいいとは思います。)
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訪城備忘録 |
他のサイトで碑があるとの情報で行きましたが肝心の碑は見つけられなかったです。城跡周囲を相当にウロウロしましたが、なかなか登れるところを見つけられませんでしたが、なんとか到達しました。台地を隔てる堀切は深くて長いものです。見たときに「オオッ」と声が出ました。(笑) なかなか見ごたえある堀切です。主郭は東に長い郭です。堀切側(西側)から南側の一部へ土塁が巡っています。この堀切沿いの土塁は東端がやや厚く高くなっているのでもしかしたら櫓台かも。 主郭中央まで行くと南側に土塁が残ります。ここまで繋がっていたんですかね。ここで主郭は一段下がるという二段の郭になってました。先端部には土塁などはなかったように見えました。 碑は見つけられませんでしたが、なんとなく得した気分の城跡でした。^^V
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登城口からの風景
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鎌倉後期の正安二年(1300年)、坂田信濃守重次が築城したとされるようです。戦国期に入り、坂田丹波守が城主の時に、天文七年(1538年)、あるいは、永禄年間(1558〜70年)<永禄十一年(1568年か?>に織田信長方の滝川一益勢に攻められ落城したようです。
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