伊勢/ 市場城



ファイルNo1051

主郭周囲の土塁・空堀・土橋が明瞭に残る

                     主郭東側土橋(郭内から)    

@ いちばじょう 
  別名 朝倉城

A住所:四日市市市場町的場 
B目標地点:市場町公民館・敬福寺 
C形式:平山城  D比高:10m 
E現況: 雑木林・宅地・畑地・墓地

F遺構等:郭・櫓台・堀・土塁・土橋・井戸
     ・石碑・説明板

G時代/人物:室町期/朝倉氏
H満足度: 凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  墓地から5分

J撮影・訪問時期:2004年05月・2016年02月

  
東側の空堀

【道案内】  

東名阪高速道の桑名インタを下り、県道63号線でいなべ市方面に進みます。1.5Km先の星川の信号で国道421号線と合流します。2.4Km先の弁天橋西の信号で国道は右折ですが直進して県道14号線に入ります。2.7Km先の鳥取の信号で左折します。(県道14号線のままです) 1.6Km先で大社橋で員弁川を渡り、2.5Km先の市場集落内で右折します。(この右折場所がわかりにくいので注意です。三岐鉄道北勢中央公園口駅から県道を300m先で右折です。) 敬福寺の先の左手が広場と市場町公民館でその奥が墓地です。墓地の西側が繁みになっていてここが城跡です。墓地入口に説明板が立っています。



【訪城備忘録】


主郭は東〜北〜西にかけて高い土塁が巡りその外を深い空堀が巡ります。東側虎口の土橋も明瞭な形で残り、そばには井戸も明瞭に残ります。主郭形状は本城である保々西城と同じ感じです。



【歴史】

保々西城 朝倉備前守詮真の支城とされます。保々西城同様に永禄十一年(1568年)の織田信長の侵攻の際に落城したとされます。



  
  
井戸
  
現地案内板より
  
  

近くの城・関連の城: 保々西城 中野城

          

2016年  主郭東側土橋(郭外から)   2004年
北側食い違い虎口
   主郭内           北側食い違い虎口
東側空堀
   城址碑         土橋を横から
北側の土塁