伊勢/ 細野城



ファイルNo0038

細野氏(長野氏)居館と考えられる城

                            中の城の主郭と土塁

@ ほそのじょう 
  別名 長野氏城

A住所:安芸郡美里村北長野 
B目標地点: 
C形式:山城  D比高:50m 
E現況:山林・雑木林 

F遺構等:郭・堀切・説明板 
G時代/人物:南北朝期/細野氏(長野氏)
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  国道163号沿いの説明板のところより15分

J撮影・訪問時期:2002年4月・2004年9月
           ・2014年9月

  
中の城の堀切

【道案内】  ←進入口

国道163号線で津方面から来ると北長野地区で旧長野小跡公園を過ぎたあたりに集落内に入る旧道が斜め右方向にあります。この国道との二股地点より50mほど手前の小屋横に東の城の案内板があります。ここを入ると谷を進むことになります。



【現況・訪城記録】

長野城に対する居館地区とも考えられます。細野城は東の城・中の城・西の城の3つの城で構成されています。城には国道163号線沿い(国道163号線と長野集落への道の分岐点より50mほど手前)に案内板と長野氏城の標識があり、そこより入ります。沢沿いを歩いて行きますが、入り口より谷沿いに歩くと以前はなにかの耕作地であったのでしょうか石垣を伴う平坦地がいくつもあります。10分ほどで右の方向に登る道があり、登りますと、堀切状の箇所に至ります。この側面には石垣が残りますが遺構ではなさそうです。堀切状の箇所を右手の方に200m進むと(入口よりU字に歩いている事になります)東の城です。周りを帯郭が巡り、一段高い円形の平坦地が東の城です。
谷に戻って谷を奥に進みます。(以前は、右に登る道より奥はブッシュがひどくて入れない状態で、左手を直登してみた所、堀切・土塁の地形のある場所に出ました。位置的には中の城です。) 今は奥へ進む小道があります。少しづつ登って行く感じで沢を進むと左手に中の城の標識があり、上に登ると案内板、そこから50mで中の城です。明瞭な堀切を二つ越えます。二つ目の堀切の先が主郭の土塁で三日月状の土塁がある主郭に致します。ここから北側に郭が続きます。
もう一度沢に戻り、さらに上に登ります。登り道の左手にはネット状の柵があります。尾根まで登ると右手上が西の城です。砲台状の主郭からの両尾根に小郭があります。登ってきた西側主郭下に副郭があり、このあたりが一番城らしい感じです。登ってきた道の先にも段郭形状が認められます。三つの城跡では?中の城が一番規模もあり、技巧的です。

【歴史】

南北朝期に長野氏二代祐藤の子の祐宗が分家し築城、細野氏と称したと伝わりますが、長野城は山上の城で居住区がありません。この細野城と称されるところは東の城、中の城、西の城の3箇所で構成されていることから、細野氏の城でもあり、長野氏の居館でもあったと考えられます。

  
現地説明板より
  
      
  
2014年           東の城主郭            2004年
    東の城腰郭                       東の城の最初にある堀切?切通し?
   最初の堀切                中の城     主郭手前堀切(向こうが主郭の土塁)
主郭全景              中の城           主郭から続く郭
主郭                西の城               主郭下
2004年当時中の城
中の城最初の堀切
中の主郭手前堀切
中の城主郭土塁と城址碑

近くの城・関連の城:長野城 家所城