和泉 | 堺南台場 |
ファイルNo3995 |
@ さかいみなみだいば |
道案内 | |||
南海電車の南海本線・南海空港線の堺駅から徒歩約700m先が大浜公園です。 車ですと、阪神高速4号線の大浜インタを下りると中央分離帯のある府道195号線に合流します。約400m先の信号(国道26号線との交差点、大浜北町の信号の約100m手前)を右折します。右手公園、左手住宅地の細道を約200m先の右手に説明板と南側の石垣と堀跡があります。 戻って、先ほどの信号を左折し、大浜インターに入らず側道に入り、約200m先の左手に大浜公園の有料駐車場の入口があり、その先約100m先にUターンのできる信号があります。 |
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訪城備忘録 | |||
堺南台場については、現在の大浜公園にあります。訪れた日は大浜公園の有料駐車場は朝から満車で公園には入れませんでしたので、外からの見学になりました。この台場は、大浜公園の東側1/3くらいが往時の範囲だったようです。その南面は大浜公園の南側道沿い右手に低い石垣と堀跡(花菖蒲園)が残り、説明板があります。東側から北側については割と高い石垣が続いていて、石垣は途中で屈曲が入ってます。 石垣は土塁の下部部分に腰巻状にあり、土塁は7〜8mほどあります。石垣は幕末らしく切り込み接ですが、徳川大坂城や東京の品川台場のようなきっちりと隙間がなくという状態ではなく、一部は落とし積みになっているので、後世の積み直しもあるんでしょうね。公園内には大砲台座の跡やその関連石垣がわずかに残っているようです。 堺北台場については、現在は大浜北公園となっていて、説明板のみで遺構は残っていませんでした。 |
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安政二年(1855年)から開始し安政五年(1858年)に完成したものを文久三年(1863年)から彦根藩の手で大改修され、慶応二年(1866年)に完成したとされます。 |
堺北台場 |
狭山陣屋 3060 |
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