河内 | 田原城 |
ファイルNo2023 |
@ たわらじょう |
道案内 城跡 ←登り口 | |||
第二京阪道寝屋川南インタから400m先、巣本の信号で府道21号線から左折し国道163号線に入ります。約9.6km先、北田原大橋の信号で右折し国道168号線に入ります。約1km先の信号で右手旧道に入ります。約500m先の出店の信号で右折します。約1km先が月泉寺で、さらに400m先左手の丘の上が城跡です。 |
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訪城備忘録 | |||
登り口から案内標識もあり、丘先端に大きな「史蹟 田原城址」の看板もありますので迷わず行けます。 標識に従い谷間を進んで行くと右手に堀切形状、左手に主郭下の斜面と空堀があります。堀切形状は切通りという感じです。反対側に行き、そこから階段を登ると主郭です。こちらの麓から登ると城跡の説明板もあるようです。主郭には住吉神社の社があり、西側に大きな土塁が残ります。ここの城主、田原氏は洗礼を受けて礼幡(レイマン)の洗礼名をもっていたことが史料にあり、その田原氏の菩提寺の千光寺跡からキリスタン墓碑が発掘されてます。発掘地にはその説明板があり、墓碑は四条畷歴史民俗資料館に展示されています。 墓碑発掘説明板の場所 四条畷歴史民族資料館 千光寺跡移設場所 月泉寺墓地 |
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築城時期は定かではないようです。元々この地の荘官であった田原氏が戦国時代に入り永禄年間(1558〜70年)に築城したとされ、築城者は田原対馬守とされます。永禄三年(1560年)以降は三好長慶に従い飯盛城の支城として機能したとされます。永禄七年(1564年)三好長慶が病死した以後、田原城も衰退し、廃城になったようです。 |
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