大和 西宮城



ファイルNo2831

奇跡的に空堀が残る

              空堀と土塁              

@ にしのみやじょう 
  別名 

A住所:生駒郡平群町下垣内〜西宮
B目標地点:平群中央公園
C形式:丘城  D比高:30m 
E現況:公園

F遺構等:土塁・堀・説明板
G時代/人物:室町期/島氏
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  中央公園駐車場から10分

J撮影・訪問時期:2013年09月

  

道案内 

西名阪道の法隆寺インタを下り、県道5号線に右折します。2.8km先、法隆寺東の信号で左折し国道25号線に入ります。2.8km先の竜田大橋の信号で右折し、国道168号線に入ります。 1.5km先の椿井の信号で国道は右折です。さらに1.2km先が道の駅「大和路へぐり」です。道の駅の西側、竜田川を挟んで反対側にある公園ですが、北から入っても南から入っても住宅地を抜ける必要があります。

訪城備忘録

公園の東南端下、平群神社側にL字の空堀と土塁が奇跡的に残っています。相当に大きく深いです。

説明板
歴史

築城時期は定かではないですが、下垣内城に入った島氏が後に本城として築城したようです。天正五年(1577年)織田信長の大和侵攻で落城したようです。

 
公園時計台(右手に土橋があった)            空堀
平群・下垣内城 3071 
平群中央公園
@ しもがいとじょう 
  別名  

A住所:生駒郡平群町下垣内〜西宮
B目標地点:平群中央公
C形式:丘城  D比高:20m 
E現況:公園

F遺構等:説明板
G時代/人物:鎌倉期・室町期/椿井氏・島氏
H満足度:

I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  10分


J撮影・訪問時期:2016年03月
城跡説明モニュメント

平群中央公園の北側が城跡のようです。 発掘調査で堀などが出たようですが今は埋没遺構になっており、公園の休憩所に城跡説明のモニュメントがあるのみです。西宮城が島氏の本城とされるため、ここは支城と考えられます。

この城は椿井氏が十三世紀に築城したという伝承があるようです。その後、島氏が入り、島氏は西宮城を築城し本城とし、下垣内城は支城として機能したようです。文明九年(1477年)、畠山義就勢に圧迫され、城を自落させ退去したようです。島氏は明応六年(1497年)に平群に戻り復権したようです。天正五年(1577年)織田信長の大和侵攻で落城したようです。

奈良市下狭川にも同名の「下垣内城」がありますので、注意。


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