豊前 平田城



ファイルNo1614


                            北郭主郭石垣

@ ひらたじょう 
  別名 白米城(まつたけじょう) 

A住所:中津市(下毛郡)耶馬渓町平田
    旧:旧:下毛郡耶馬溪町

B目標地点:
C形式:丘城  D比高:30m 
E現況:公園・山林

F遺構等:郭・石垣・堀切
G時代/人物:鎌倉期/野仲氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  麓から5分

J撮影・訪問時期:2006年10月・2016年09月

  

道案内 

国道10号線の新山国大橋から国道212号線に入ります。12Km先左手旧道の青の洞門を遠くに見ながら進み、七仙橋を越えてから2Km先、国道は左手が山肌、右手は山国川沿いを進みます。この川向こうの丘陵先端が城跡です。国道が山肌を離れ、右にカーブしたところに橋があり、そこに右折し、橋を渡ったら右に進むと登り口があり説明板があります。

訪城記録

2006年10月に訪城した時は南郭側の忠魂碑のある公園と城址碑・説明板だけと思ってましたが、2016年09月に再訪しましたが、大河ドラマの影響も有、整備が進んでいました。城域は忠魂碑のある公園とその北側丘陵に北郭群がります。南郭の公園斜面には石垣が残ります。北側郭群の一番高いところにある郭の西側に希望の大きな石垣が残存し、そのさらに西側、鞍部の郭の先の郭にも郭基部に石垣があります。この西側郭は北側に削り残しの土塁が有、その際は谷を挟んでさらに郭群があるようです。平田城は、観光地「青の洞門」や「耶馬渓橋」に近く、青の洞門は手掘りされてできた道らしいです。耶馬渓橋は日本で最大の8連アーチの石橋との事です。

主郭(南郭)2006年
歴史

建久年間(1190〜99年)に長岩城の野中重房が築城し、平田掃部介の居城であったとされます。天正年間<天正15.16年(1587.88年)>に黒田孝高(如水)の軍勢に攻められ落城、黒田氏は栗山備後を入れました。黒田氏の筑前移封以降は廃城になったと推測されます。
南郭石垣                     北郭群西側石垣
南郭と城址碑                 南郭北西側残存石垣
現地案内板より
  
西側郭                 北郭群    鞍部越しから北郭群主郭を見る
北郭主郭                         北郭副郭
南郭石垣
北郭石垣
   
耶馬渓橋(オランダ橋)
青の洞門

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