但馬 / 出石城



ファイルNo2801


                     辰鼓楼と背後に有子山城の主郭

@ いずしじょう 
  

A住所:豊岡市出石町内町
    旧:出石郡出石町

B目標地点:
C形式:平山城  D比高:40m 
E現況:公園・公共施設

F遺構等:郭・辰鼓櫓・復元櫓・石垣・堀・武家屋敷
G時代/人物:江戸期/小出氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  駐車場から10分
J撮影・訪問時期:2013年05月・2018年05月

  

道案内 ←大手前駐車場

舞鶴若狭自動車道の福知山インタで下り、国道9号線を市内に向かいます。15Km先、野花の信号で右折し国道426号線に入ります。約28km先、出合のT字信号で国道426号線は左折します。 (ちなみに右折は国道428号線です。) 10km乙女橋の信号で右折、2.2km先を右折すると出石城前です。 
訪城備忘録

1980年頃に一度訪れた事はありましたが、その時は出石名物皿そばが目的で城跡の記憶はほとんど無しです。 約30年ぶりの再訪です。 大手前は大手門石垣に明治初期に建てられた辰鼓楼が向かえてくれます。ここには外堀が鍵形に残っていて城下町出石の雰囲気です。また、大手門駐車場横には家老屋敷も現存しています。 城跡には内堀にかかる復元木橋を渡り復元登城門をくぐります。 この城の石垣は野面積みのものと打ち込みハギのものとがある感じです。 本丸には西隅櫓と東隅櫓が復元され、小型の明石城のような姿です。本丸背後はさらに一段高い石垣の上に稲荷郭があります。有子山城のある山を背後に梯郭式の出石城ですが、この縄張りは戦国の山城と根古屋の典型ですな。備中松山城の麓、美濃小倉山城などを思い出します。

東隅櫓と城址碑
歴史

天正二年(1574年)、山名祐豊が有子山城を築き、麓には下館が築かれましたが、この下館が出石城の前身です。 文禄四年(1595年)に小出吉政が入封、慶長九年(1604年)、吉政の子の吉英は、有子山山頂部を廃止、麓の部分のみ出石城としました。 小出氏の後、藤井松平氏を経て、宝永三年(1706年)には仙石政明が信州上田より5万8千石で入封し、明治維新まで仙石氏が続きました。

    西隅櫓           稲荷曲輪の高石垣
  
三の丸から辰鼓楼          外堀   
内堀と登城門           山里曲輪の石垣
東隅櫓            二の曲輪虎口
辰鼓楼
辰鼓楼
家老屋敷

近くの城・関連の城:有子山城