長門 萩城要害



ファイルNo2943


                            下の段から上の段を見る

@ はぎじょうようがい 
  別名 萩城詰の丸 

A住所:萩市堀内
B目標地点:指月山・指月公園
C形式:山城  D比高:200m 
E現況:山林

F遺構等:郭・石垣・碑・説明板
G時代/人物:江戸期/毛利氏(戦国期/吉見氏)
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  萩城登り口から20分

J撮影・訪問時期:2015年01月

  

道案内 

萩城本丸背後に指月山への登り口があり、約20分のつづら道を登ると山頂部の詰めの城に至ります。

訪城記録

づつら道を登りきると要害門の桝形虎口に至ります。そこを抜けると二の丸に相当する下の段と本丸の相当する上の段があり、周囲はすべて石垣で固められています。本丸北側には山中矢倉に向かう搦め手虎口の石垣も残ります。また、上の段中央に残る巨石などが矢穴が多数認められ、ここが石切り場でもあったようです。 大人数は収容できないでしょうyが、まだ、関ヶ原が終わって数年後の築城のため、万一を意識したもののようであり、もうこの詰めの丸自体がもうひとつの城郭という感じです。

説明板
歴史

戦国期、津和野の吉見氏の出城として築かれ、天正九年(1582年)以降に吉見正頼の隠居の城となったようです。 その後、慶長九年(1604年)に毛利氏が萩城築城の際に山頂部を要害として改修したとされます。


要害門                         山中矢倉への虎口

現地案内板より

  
南面石垣                         要害門
要害門両側南面石垣
要害門
   上の段                       上の段の矢穴のある巨石
     大矢倉石垣                    小矢倉から山中矢倉への虎口

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