鎌倉七口切り通し      

                                                                  ファイルNo2537−2

鎌倉は三方を山に囲まれた土地であり、その山が防衛線となっている。鎌倉への出入りは切通が掘られ、その主要なものを鎌倉七口と呼びます。その切通を巡ってみました。二日間に分けて、バスと江ノ電を使っても、二日間で30kmほど歩きました。
@ 亀ケ谷坂 北鎌倉から源氏山方面へ抜ける道となって、現在も使われており、やや当時  の雰囲気は失われています。
A 化粧坂 海蔵寺近くから源氏山に登る道となっています。岩が露出し、趣はありますが  ここも当時の状態は失われています。
A 大堀切 源氏山の葛原岡神社の裏手へ尾根筋を進むと大きな起伏があり、尾根を遮断し  ています。大堀切には見えますが、さて??
B 巨福呂坂 完全に消滅してしまったようです。古ぼけた木の碑がありました。現在は県  道21号線がその雰囲気を残しています。
C 名越切通 当時の雰囲気がわりと残っていますが、発掘調査では江戸期の頃は今よりも  っと深かったようで、その後土砂が埋まって現在の高さになったようです。鎌倉期は深  かったのか浅かったのかは発掘調査でも判らなかったようです。
B 大切岸 法性寺から尾根側を見ると岩盤の壁が1kmほど続いているように見えます。  高さも10m以上あるため、ここを越えて鎌倉には攻め込めないということであったで  しょう。
D 朝夷奈切通 一番当時の雰囲気が残っている切通です。鎌倉側からは岩盤の坂道を登っ  て行きますが、常に水が流れていて滑りやすいです。峠に大きな岩盤がせり出しでいて  岩壁に仏様が刻まれています。横浜側に少し降りた切通は道幅が本当に狭く、これぞと  思う雰囲気です。
E 極楽坂 当時は成就院の山門ぐらいまで高い位置にあったようで、江戸期に掘り下げら  れて今の深さになったようです。現在も生活道路となっているため、雰囲気としては失  っています。
F 大仏切通 現在は一部通行止めになってます。当時の雰囲気は残っていますが、登り口  がわかりにくいのと通行止めで見学できないのは残念です。

2012/06訪問

@ 亀ケ谷坂 
A  化粧坂 
源氏山(葛原岡神社)背後の大堀切 
B 巨福呂坂の碑             現代の巨福呂坂  
C 名越切通(なごえ) ←登り口 ←切通
名越切通の第一切通
法性寺そばの大切岸 
朝夷奈切通手前の太刀洗水         朝夷奈切通入口(鎌倉側)
朝夷奈切通の碑             鎌倉側の岩盤の坂道
D 朝夷奈切通(峠) 
横浜側にある朝夷奈切通  ←横浜側登り口
E 極楽寺坂 
極楽坂沿い成就院の紫陽花
極楽寺                 江ノ電
極楽寺駅そばの紫陽花
F 大仏切通A  ←登り口
大仏切通B  ←登り口