豊後/ 森陣屋



ファイルNo1671

村上水軍、来島氏の末裔の江戸期陣屋

                        清水御門と水堀    

@ もりじんや 
  別名 久留嶋陣屋 

A住所:玖珠郡玖珠町森 
B目標地点:三島公園・末広神社(三島神社) 
C形式:平山城  D比高:20m 
E現況:公園・公共施設 

F遺構等:石垣・庭園・説明板 
G時代/人物:江戸期/久留嶋氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  5分

J撮影・訪問時期:2007年02月

  
庭園跡

【道案内】 

大分自動車道の玖珠インタを下りて、右折して国道387号線に入ります。1.2Km先で国道はやや右方向になる信号で左折し、またすぐを右折します。石畳の商店街を400m進むと正面に鳥居があり直進が三島公園、左折が角埋山の標識があります。直進すると右手が三島公園で上が末広神社で、この一帯が陣屋で、庭園跡が残ります。左折し、160m進んで、斜め右側に進むと門があります。

 


【現況・訪城記録】

陣屋があったところはグランドになってしまっていますが、末広神社(三島神社)はまさしく城ですな。御長坂と呼ばれる石垣・石畳の参道は惚れ惚れします。本殿周囲は石垣で固められ、西側には清水御門・丸木御門があり、これも城郭風です。


【歴史】

慶長六年(1601年)に関ヶ原の合戦で西軍に与し一時浪々の身となっていた村上水軍の来島康親は、伊予来島から豊後森に一万四千石で所領を与えられました。来島氏は、角埋山(角牟礼城)の麓に陣屋を築きました。二代藩主の道春は、姓を来島から久留嶋に改めました。八代藩主久留嶋通嘉は、末広神社(三島神社)を改築し、庭園を造営するとともに神社を城仕立てに改築しました。


  
末広神社の御長坂
  
丸木御門と石垣
  
  

近くの城・関連の城:角牟礼城