摂津/ | 野間館 野間屋敷 |
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ファイルNo1825 |
@ のまやかた |
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道案内 ![]() ![]() |
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京都縦貫道の亀岡インタを下り、国道423号線を能瀬方面に進みます。約13km先、妙見口の信号で右折し府道4号線に入ります。約1.4km先の野間峠をつづれ折れの道で越えます。京都府から大阪府に入ってから約3km先が野間中の信号で、ここを左折し、旧国道477号線に入ります。約300m先の左カーブの先で大原川を渡り、すぐの野間川の橋を渡ってすぐ左に入ります。(野間川手間を左折すると約100m先が円珠寺です。) 川の寺とは対岸側に産業廃棄物処理工場があり、その裏手に山に向かう道がありますので、ここに右折し進み約300m先の山すそのため池下まで行きます。左手高台が野間館です。 野間屋敷は円珠寺の横(東側)の水田から北側一帯が屋敷跡と言われます。屋敷跡と比定されている箇所は現在は「野間の森」という施設になっていて、敷地内に碑があります。 |
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訪城備忘録 | |||
☆野間館 野間城の麓にある居館跡です。円珠寺から西の山に向かって進んで麓まで行き左手高台に上がります。土塁に囲まれた池があり、堀跡にも見えますが後世の溜池なんでしょうな^^; 池を越え、池に隣接した東側が館です。館内は畑地の跡のようです。館北側を低い土塁が巡り、東側には虎口と思われる開放部がありました。館背後(南側・山側)は大きな土塁となっていて、この先は空堀が横たわっています。堀もけっこう深いものです。ただ、この背後の堀は館跡の西側のスロープ道に繋がり、麓まで続いてます。ですから道と認識できますが、遺構だとは思います。 館の南西隅には石が散乱していて、庭園跡とのことです。 ☆野間屋敷 資料では円珠寺の道を挟んで東側の水田となってましたが、別の資料を見るとこの水田の北側の水田・宅地から北東にある高台になっている所、以前は果樹園?栗畑でしたが、今は「野間の森」というレストラン?なっています。施設の周囲は石垣で、この中に「野間氏発祥の地」の碑もありましたし、屋敷の雰囲気もあります。 |
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仁安三年(1168年)に源満仲に始まる多田源氏の子孫の野間高頼が築いたとされます。野間氏は能勢氏・余野氏とともに能瀬三惣領と言われ、天正年間(1573〜92年)には野間豊後守資持が居城したと伝わります。野間館は戦国期までの野間城と一体化した居館、野間屋敷は野間氏が江戸期に居住した屋敷跡とされます。 |
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