播磨 / 三日月陣屋



ファイルNo1847


                         奥が物見櫓、中央が中御門、手前が通用御門 

@ みかづきじんや 
  別名 乃井野陣屋(のいのじんや) 

A住所:佐用郡佐用町乃井野
    旧:佐用郡三日月町

B目標地点:三日月中学・日岡八幡神社
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:公園・田畑・宅地

F遺構等:櫓・復元門・石垣・移築門・説明板
G時代/人物:江戸期/森氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  1分

J撮影・訪問時期:2008年03月

  

道案内 

中国自動車道の佐用インタを下り、料金所の先の信号を右折し、国道373号線に入ります。2km先の上町の信号で左折し、国道179号線に入ります 国道は3km先の播磨徳久駅前の信号で左折です。さらにここから4.6km先の三日月中学手前で左折します。(道沿いに三日月陣屋の案内標識があります。)700m先のT字で右折し、300m左手が陣屋です。

訪城コメント

陣屋跡には発掘調査後、石垣が修復されて、他所で公民館として利用されていた物見櫓が元の位置に再移築され、中御門、通用門などが復元されています。陣屋内はただ広い広場のようになっているのみです。復元門横にも石垣が若干残っていました。西側の三方里山には往時は演武場であり、現在は公園になっていますが、公園東側を半周くらい巡る土塁の外側の東北隅に石垣が残っていました。さらに、近くの集落には武家屋敷が残り、たつの市新宮町鍛冶屋の西法寺(西栗栖小学校の北側)の山門は、陣屋の表門が移築されているとの事です。

歴史

元禄十年(1697年)に津山藩森家が改易となり、分家の森長俊(津山二代藩主長継の三男で津山新田藩として立藩)が一万五千石にてこの地に移封されました。その後、明治維新まで森家の居館として続きました。なお、森氏本家は二代藩主長継存命であったので、宝永三年(1706年)に長継及び長継の子の長直が赤穂二万石として森家を再興、また、長継の四男の長治は津山宮川藩から新見藩として存続しています。


陣屋復元部分全景                       武家屋敷 

  演武場の石垣                   演武場から陣屋を遠望

  

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