山城 指月伏見城



ファイルNo2970


                               発掘石垣  

@ しづきふしみじょう 
  別名 

A住所:京都市伏見区桃山町秦長老
B目標地点:
C形式:平山城  D比高:20m 
E現況:住宅地

F遺構等:なし(発掘石垣)
G時代/人物:戦国期/豊臣氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  近鉄桃山御陵駅から徒歩15分

J撮影・訪問時期:2015年06月

  

道案内 

近鉄桃山御陵駅から国道24号線の御香宮前を南に400mほど下ったところを左折した300m先の公営アパート群の中になります。 発掘調査後は埋め戻されて民間住宅が建つため随時の見学は困難と思われます。
 
訪城コメント

民間マンションの建設に伴う発掘調査で発見され、発掘された石垣、堀です。 2015年6月に現地説明会がありました。説明員の方からは、本丸あるいは本丸そばの堀の上の石垣であろうとの事でした。堀は素堀であり、堀には石垣はなく、その堀の上に石垣があり、その石垣も自然石を使った野面積み(とは言っても矢穴のある石垣もありますが)で、大石との間に間詰石を使用している形式であり、これらから指月伏見城の遺構と断定できるとの事です。 掘の中には石垣が崩落しておらず、大地震では石垣は崩れなかったと推測されるとの事です。現地説明会の当日、来場者は2300人程度、見学まで1時間ほど待たなくてはならないほど盛況でした。

出土遺物
歴史

文禄元年(1592年)に豊臣秀吉は指月山に築城を開始しましたが、慶長元年(1596年)の大地震で倒壊したため、新たに木幡山に築城を開始しました。慶長二年(1597年)にほぼ完成しました。 この倒壊した伏見城が今回発掘された城跡です。

発掘石垣の間詰石                      発掘石垣
発掘調査現場

  
出土遺物

近くの城・関連の城:木幡伏見城