丹波 / 上野城



ファイルNo1808

なかなかの土塁が残る丹波の城館

                          城跡尾根側の堀と土塁  

@ うえのじょう 
  別名 

A住所:船井郡京丹波町上野
    旧:船井郡丹波町
B目標地点:大円寺
C形式:丘城  D比高:10m 
E現況:畑地・雑木林

F遺構等:郭・土塁・堀
G時代/人物:戦国期/須知氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  8分

J撮影・訪問時期:2007年11月・2017年04月

  

道案内 

京都縦貫自動車道丹波インターで下り、国道9号線の信号で右折します。1km先の須知の信号で右折し、府道80号線に入ります。500m先で府道は大きく左カーブになり坂になります。500m先で今度は右カーブになりますが、この途中の右手に大円寺があります。右カーブの先の左側に消防団の建物がありますが、この反対側が大きな棚田のような段差の休耕地があります。この上の段の奥、溜池の右手奥が城跡です。消防団のところを過ぎて右手に入り、集落内でさらに右手に行き、池の背後から廻るか、最初の左カーブから大円寺を過ぎたくらいのところから右手に入る路地を探して入るか、あるいは休耕地を越えるかして城跡に向かいます。

訪城コメント

城跡そばまで細い道はありますが、府道沿いからはよく判らずで休耕地であろう広い空き地から入りました。空き地は大きな棚田の上下のように見え、上の段に民家が一軒ぽつんと建っています。この民家の南側に窪みがあり堀のようです。この辺は田畑化し遺構はほぼ消滅しているようです。ここを奥に入ると神社跡のような箇所があり、その奥に古民家があります。この背後が城跡です。美女山からの尾根の先端のようで、民家の背後は尾根側(東側)に大きな堀(堀切状ですが、往時は横堀か掘底道であったようです。) 堀を隔てて二方を土塁が囲む郭跡があります。堀底から3mほどの土塁で分厚いものです。往時はもう二方も土塁があったろうと想像します。郭の西側には堀があり、ここに明瞭な土橋があり、その先はまた土塁です。土塁の先はさっきの休耕地に出てしまいます。ということは休耕地側にも郭があったという事なんでしょう。資料では消滅しているところが主郭のようです。さっきの民家の横の堀状も堀だったんでしょうな。土塁の巡る郭に入った際に中においでだった方は古民家を買われて土日をここで過ごしておられるとの事でした。民家側はどこまで城域なのかがよく判りませんが、城跡の雰囲気はあります。民家の反対側は池で、その先に上野の集落ですがこちら側の小道は土塁沿いにあって堀を横から見れますので、改変されたんだと思われます。郭はひとつしか明瞭には残っていませんが、単郭では無く、いくつかの郭が連結された城館であったようです。なかなか見応えのある土塁でした。

郭内土塁
歴史

須知城を本城とした須知氏一族の居館と伝わります。
郭内と土塁
尾根側背後の堀全景                      土橋と土塁 
虎口と土塁                           池と反対側
休耕地?側の現状(背後の山は美女山)                  休耕地側の堀?   
池越しに城跡遠望               池と反対側の民家(民家の後ろが城跡)
  
東の堀
東の堀
東の堀
西の堀
  東の堀の東側平坦地・郭?       東の掘から郭の土塁  
郭内                土橋と郭内

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