丹波 / 宇津城



ファイルNo1629

道の無いところを140mほど直登。その先に戦国末期の城と石垣の痕跡が残る

                          主郭東側残存石垣  

@ うつじょう 
  別名 

A住所:京都市右京区京北下宇津町
 
    旧:北桑田郡京北町下宇津町
B目標地点:宇津コミュニティセンタ・八幡神社 

C形式:山城  D比高:140m 
E現況:山林 

F遺構等:郭・土塁・竪堀?・石垣 
G時代/人物:室町期/宇津氏・明智氏
H満足度: 凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  八幡神社から20分

J撮影・訪問時期:2006年11月

  
主郭南側残存石垣

【道案内】  

JR二条駅から説明しますと、駅前の千本通りを北へ向かいます。1.2Km先の千本丸太町の信号で左折し、丸太町通りに入ります。1Km先の円町の信号で西大路通りを横切り、1.7Km先のJR花園駅前を過ぎ、400m先の高架下の双ケ丘の信号で右折し、そのまま国道162号線(周山街道)に入ります。約20Km先、京北細野の信号で左折し府道363号線に入ります。2Km先で右折し府道362号線に入り、すぐ弓削トンネルを越えます。2.4Km先で弓槻橋を渡ったところで国道477号線に左折します。桂川沿いを左手に見ながら進みます。2.4Km先、京北宇津郵便局の先で右折し府道365号線に入ります。500m先で左折し(左折というより道なりに見えますが)府道364号線に入ります。1Km先右手に赤い鳥居の八幡社と隣接して宇津コミニュティセンタがあります。この裏山が城跡です。

 


【現況・訪城記録】

八幡社の本殿右手にある鐘付きの横から山に入ります。すぐに巨大な竪堀形状が目の前に現れます。後でわかったんですが、この竪堀風は本殿左手から山に入っても、もう1条同規模のものがあります。 この竪堀風ですが、遺構だとすごいんですが、城道にも考えられますし、単純に自然地形かもしれません。今はここの底を歩くには荒れている上に倒木なども多く、この左手の斜面を直登しました。木々はあり下草も少ないんですが、急斜面のため、ひさしぶりに、何箇所かで四つんばいでの直登になりました。苦しみながら頂上近くまで来ると、大石が散乱しています。石垣が崩壊したものです。さらに登ると、主郭下の腰郭に着きます。幅もある大きな郭で、二の郭と呼べるものです。北側を除き、三方を巡っている感じです。西隅から主郭への虎口、その上で折れが入る主郭までの登城道のところどころに石垣が残存しています。主郭は藪状態です。北側は急斜面になっている感じです。東側側面には一番大きな残存石垣を見ることができます。北東側に郭が伸びているようにも見えますが、草木が多くて諦めました。主要部は主郭とその下三方を巡る二の郭だけのようです。小さいながらまとまった城です。下りるときは難儀しました。ロープを車に置いて来てしまったんで、木々を支えに、何度かお尻で滑りながら下りる必要がありましたので、少し怖い思いをしました。しかしながら、満足度はある城でした。


  
【歴史】

丹波の国人宇津氏の本拠地とされます。宇津氏は山城の境の山国庄(皇室の直轄領)まで横領した勢力があったようです。天正七年(1579年)の明智光秀の丹波攻略の中で、宇津氏(頼重)は滅亡しました。宇津城はその後に明智氏にて改修され支城として機能しました。天正十年(1582年)の本能寺の変後に廃城になったと想像されます。


  
主郭下腰郭/右手主郭
  
主郭南側残存石垣
  
  

近くの城・関連の城:周山城

            

主郭西側虎口残存石垣            主郭東側    
麓より山頂への竪堀?       麓の八幡社鳥居