山城 / 木津城



ファイルNo1282


                            主郭南側の堀(堀切)<2006年>

@ きづじょう 
  別名 

A住所:木津川市木津町木津字片山
    旧:相楽郡木津町木津字片山

B目標地点:木津高校の南 
C形式:山城  D比高:40m 
E現況:山林・公園 

F遺構等:郭・土塁・堀切・土橋
G時代/人物:室町期/木津氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  城址公園駐車場から5分

J撮影・訪問時期:2006年02月・2015年08月

  
南側の土橋と堀<2006年>

【道案内】 

京滋バイパス宇治西インタを下り、国道24号線で奈良市方面に進みます。城陽市で京奈和自動車道に乗り木津ICまで行き、国道24号線で木津駅前まで戻り、駅前の信号を右折し府道47号線に入ります。木津駅前で左手に進み、500m先の雲村の信号で右折します。1.1km先、小さな川の手前で右折し踏切を渡ります。200m先で左折し小さな橋を渡り、すぐを斜め右に進みます。600m先を左折し、100m先で右折します。片道2車線の中央分離帯のある大きな道です。400m先の信号も直進で左手側は城山台の大住宅団地です。300m先右手の小山が城跡ですが、中央分離帯があるため、500m先の信号でUターンしてきます。浄水場の塔への坂道を上がると城山は正面です。城跡の北側にも駐車場があります。 (木津駅東口からまっすぐな道を700m進んで信号を右折、300mで城跡です)
 


【現況・訪城記録】
2015年に再訪しました。城山周辺は大住宅団地が完成し、その丘陵先端に城跡のみがポツンと残っているという感じです。城跡周囲の地形は削られ平坦になっていますので、城跡の中心部の遺構は残されていますが、すごく違和感が感じられます。とは言うものの、主郭周囲の土塁、空堀と土橋など、なんとか形は残されています。

<2006年当時>
JR関西本線木津駅の東側600m先で片山集落背後の丘陵上にあります。(木津駅のホームから城山が見えます。) 直線距離で木津高校の300m南側、向陽台団地の300m北側です。付近は道が狭いため、車の駐車場所はお考えください。7.8軒の集落の一番北側のため池に向かって道があります。集落背後でため池の南側の竹薮に入り、南東側の尾根に向かって直登しました。南東方向に斜めに尾根に向かって登って行くと斜面に以前の発掘調査のブルーシートがそのまま残されていました。その先が主郭です。主郭は西側を底辺にして東側が頂点の三角形状で、北側は崖、西と南側には土塁が巡ります。東側の頂点部分、西側の中央及び南側中央の三箇所に明瞭な土橋と堀切が残っていました。南側の土橋を越えると造成工事中のところが眼下に見えます。将来は住宅団地になるのかな?ブルーシートは西側土橋を越えた先の尾根上先端まで、北側の尾根上の西側斜面の竪堀状のところ、北側尾根先端の斜面などにかけてありました。この城は基本は単郭の城でしょうが、周囲の尾根切断のための堀切以外に拡張された城域があり、その防備のための竪堀なんかも存在したんでしょうか?縄張図とか持ち合わせていないため、城の全体プランがよくわかりませんでした。土地の人と話しましたら、以前は北側<木津高校側>から道があったようですが、今は明瞭な道は無いようです。この木津高校南側斜面も砦跡であったようで、発掘調査がされたようです。

  
【歴史】

国人木津氏の居城ですが、詳細不明。


  
東側の土橋と堀切(横から)
  
主郭内<2006年>
     
  

近くの城・関連の城:鹿背山城

            

2015年
城跡を下の展望台から                   現地案内板より
西側空堀と土橋                            主郭
南側空堀
城跡より木津駅、京都方面
城跡から奈良方面

西側の堀(堀切)      2006年       西側土橋   
木津高校側丘陵遠望(砦跡)   2006年       木津城跡遠望