遠江/ 小長井城



ファイルNo1326

武田氏の見事な二重馬出しと空堀が残る城。

                            主郭背後の堀

@ こながいじょう 
  別名  小長谷城・徳谷城 

A住所:榛原郡川根本町藤川森平
    旧:榛原郡本川根町 

B目標地点:得谷神社・B&G海洋センタ 
C形式:山城 D比高:20m(麓から140m) 
E現況:神社・山林・公共施設 

F遺構等:郭・堀・土塁・井戸・碑・説明板 
G時代/人物:室町期/小長井氏
H満足度: 凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  5分

J撮影・訪問時期:2003年04月・2016年05月

  

【道案内】 

東名高速道相良牧之原インタを下り、国道473号線を北上します。約30Km先の川根本町下長尾で国道362号線に合流します。さらに約20Km先の大井川鉄道の千頭駅の手前で、本川根中学を越えて1Km先、県道77号線が千頭駅に向かう交差点で国道が右カーブして150m先を右折し、200m進んだところに徳谷神社があります。
  



【現況・訪城記録】

SL運行で有名な大井川鉄道本線の千頭(せんず)駅近くにあり 地元の案内は小長谷城と表記されていました。神社本殿がある所が主郭のようです。武田氏の改修がされていて、二重の馬出し(重ね馬出し)が見事な形で残っています。その他の堀も深く明瞭です。 神社の隣の海洋センターは北の郭であるようですが、今は遺構はありません。昭和始めに東川根小学校が建設された際に遺構は破壊されたようです。
2003年に訪れた時は大雨でしたが、2016年は快晴でよかったんですが、もう草木が伸びてましたね。


【歴史】

築城時期は定かではありませんが、小長谷氏の居城としたとされます。小長谷氏は今川氏に属していましたが、永禄十一年(1568年)に武田信玄の駿河進攻で武田氏の属し、その際に城が大改修されと考えられます。天正十年(1582年)の武田氏滅亡の時に廃城となりました。 <現地案内板より>





現地案内板より
  
  
     
  

近くの城・関連の城:

            

1号堀(主郭背後の堀)                 主郭の土塁
主郭そばの馬出しと土橋
主郭背後・馬出し背後の堀
外側の馬出しと土橋
馬出しへの土橋                  馬出し間の堀
外側馬出しの背後の堀
主郭手前の堀(馬出し側から)
二の郭にある虎口郭
手前二の郭・向こう三の郭                  三の郭と土塁
三の郭                           井戸
神社外側の堀