遠江 飯田城



ファイルNo1256


            北側の土塁            

@ いいだじょう 
  別名  

A住所:周智郡森町飯田
B目標地点:崇信寺
C形式:丘城  D比高:30m 
E現況:山林

F遺構等:郭・土塁・堀・堀切・碑・説明板
G時代/人物:室町期/山内氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  2分(崇信寺から10分)

J撮影・訪問時期:2019年01月

  

道案内 

新東名自動車道の森掛川インタを下り、信号を右折し県道40号線を進みます。約2.5km先の福田地の信号を左折し、県道58号線に入ります。約2km先の飯田小学校南の信号で左折し県道81号線に入ります。約250m先、左手小学校の敷地が切れたところで右折します。(飯田城の標識あり) すぐのY字を左手に行きます。100m先を右折(飯田城の標識あり)し、住宅団地を端を進みます。約200m先を左折し、坂を登る感じで進み、約500m先の左手が崇信寺です。寺も山門の前に道に右折します。約200m先で下からの道と合流します。そのまま進みます。(下からの道だと右折) 元は茶畑?のところを200mほど進んだところが城跡の下です。

訪城備忘録

2002年に一度訪城してますが崇信寺までしか行けてなくて不完全燃焼でした。今回はちゃんと行けました。(笑) 主郭は北東西に土塁が巡り、特に北側は櫓台含め土塁が高いです。南側に一段下がった二の郭があり、その南側に土塁が横たわります。二の郭の西側に坂虎口があり、大手道とされます。主郭の西土塁の北側に二重堀切があります。主郭の北側、東側の土塁、主郭北側土塁の北側下の郭は相当に伐採されてました。今後も整備は進むんでしょうね。

山内対馬守道美公飯田城址と刻まれた石碑と説明板
歴史

山内氏は備後の出で、弘安四年(1281年)に地頭としてこの一帯を安堵された山内道茂が祖であり、山内道弘、道秀の代に遠江に入り、天方城を築いたとされます。鎌倉末期に飯田の地に館を築いたとされ、これは古城である崇信寺一帯だろうか。応永年間(1394〜1428年)の初期(1401年頃?)、山内道美(どうび)が飯田城を築いたとされます。応永八年(1401年)に古城跡に崇信寺が建立されています。永禄三年(1560年)に今川義元が織田信長に討たれた後も今川氏方でありましたが、永禄十二年(1569年)、徳川氏勢に攻められ、山内通泰は敗死しました。その後、徳川氏の城であったり、元亀三年(1572年)に武田氏に奪われたりしたようですが、再び徳川氏が奪還したものの、廃城時期は定かではないようです。 <現地説明板に加筆>



主郭北側土塁     大手坂虎口
現地説明板より @
現地説明板より A
      崇信寺        崇信寺から城跡遠望
  
城跡東側から      谷堀
主郭内
二の郭
主郭西土塁      二の郭南土塁
主郭上段と周囲土塁
東土塁    櫓台
北側下郭

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