越前 朝倉山城



ファイルNo3869


                主郭下空堀            

@ あさくらやまじょう 
  別名  

A住所:福井市深坂町〜浜別所町
B目標地点:朝倉山
C形式:山城  D比高:130m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀・土塁・説明板
G時代/人物:戦国期/朝倉氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  20分

J撮影・訪問時期:2022年10月

  

道案内    ←登り口

北陸自動車道福井北インタを下り、料金所の先の信号を右折します。300m先の信号を右折し国道416号線に入ります。2.8km先の新保の信号で国道8号線を越えます。4.2km先の堀の宮の信号で国道は右折です。約5km先の高屋橋で九頭竜川を渡ります。さらに約3km先の天菅生橋で再び九頭竜川を渡ります。約800m先の剣大谷町の信号で斜め左、国道416号線の旧道に入ります。約7km先、朝倉山の北側麓に回り込んだところに朝倉山用の駐車場があり、そばに登城道入口があります。
 
訪城備忘録

朝倉山の登城道は北山麓にあります。このあたり、五斗坂は、輪ノ内と呼ばれるようで、往時は居館があったとされるようです。登城口から整備された登城道は、つづら道で、これをひたすら山頂に向かって登って行きます。途中、旧の登城道の標識がありますが、距離は短いが急坂と書かれてました。

城跡は山頂一帯ですが、第二次大戦中に防空監視所として使用されていたため、遺構は改変されているようです。山頂手前左手に空堀跡があり、道はいったん右折し、郭内に入って左折します。これは遺構かは?ですが。主郭下は空堀がどこまで廻っていたかありますが、一部空堀が残ります。主郭の虎口は土塁でL字になって内桝形のようになってますが、これも遺構なのだろうか。主郭には建築現場の足場を使った展望塔があり、頂点には鐘が吊るしてありました。この展望塔、風が強い日は怖くて無理やな。^^;

駐車場
歴史

築城時期は定かではないようです。朝倉景連の居城です。景連は前波景定、小泉長利、河合吉統らと一乗谷四奉行と言われ、朝倉義景の重臣として活躍したようです。弘治元年(1555年)に朝倉宗滴が一向一揆との戦いで加賀侵攻の際には、景連は津葉城(旧大聖寺城、あるいは、大聖寺の支城)を攻め落としたとされます。天正元年(1573年)に織田信長に攻められ朝倉氏は滅亡します。この城は天正三年(1575年)、越前一向一揆衆が信長に抵抗するため籠ったとされます。

空堀      主郭L字土塁
主郭からの眺望
  
山頂手前から
山頂手前
山頂手前空堀
郭土塁
主郭切岸
主郭切岸
L字土塁を上から
主郭展望塔     展望塔の鐘

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