越前 豊原寺遺跡
三上山城・西宮城



ファイルNo3747

白山信仰の天台宗の寺跡。

              豊原三千防の石碑              

@ とよはらてら 
  別名  

A住所:坂井市丸岡町豊原
    旧:坂井郡丸岡町

B目標地点:
C形式:山城  D比高:200m 
E現況:山林

F遺構等:(郭・坊跡・石垣・説明板)
G時代/人物:ーー期/ーー氏
H満足度: 途中断念
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  ーー分

J撮影・訪問時期:2021年07月

  

道案内    

北陸高速道丸岡インタを下り、県道30号線を国道8号線方面に進みます。インタから500m先の信号で右折し県道17号線に入ります。1.4Km先の信号を右折します。約1.6km先で北陸自動車道のガードをくぐり約200m先T字を右折します。約100m先を左折します。(五味川の井勝橋の手前) 約400m先左手が豊原三千防史料館です。 そのまま直進し道なり約1.2km先、道にはゲートがあり、ここを右折します。コンクリート道、一部ダート道を進みます。約1.2km先で砂防ダムです。さらに、豊原の滝の横を通り、約1.8km先がキャンプ場です。道は細く1台分ですし、崖の横ですので走行には注意が必要です。キャンプ場から奥に進むと華蔵院跡、白山神社があり、右手に登ると「豊原三千防碑」、山城山城(三上山城)入口標識などがあります。山城山城、西宮城は郭跡が残るのみとの事です。

訪城備忘録

キャンプ場(休業中?)までなんとか車で行けますが、周りはいかにも熊が出そうで、夕方であったこともあり、散策は今回は諦めました。

豊原三千防史料館
歴史

大宝二年(702年)に泰澄大師によって創建されたと伝わる天台宗の寺でした。戦国期、三千防の僧兵がいたとされます。一向一揆との抗争では朝倉氏と連携したようです。天正元年(1573年)、朝倉氏が滅亡後には一向一揆に攻められ降伏、一向一揆軍の下間頼照がここに本陣を置いたとされます。天正三年(1575年)、織田信長の一向一揆掃討作戦で焼亡しました。越前は柴田勝家に与えられ、この地には柴田勝豊が入って豊原寺城(雨乞山城)を築いたとされます。(改修?) 天正四年(1576年)に勝豊は丸岡城を築き移りました。豊原寺は戦国末期から江戸期と細々と繋がりますが、明治に入り神仏分離令もあり、廃寺となりました。

三千防周辺
豊原三千防史料館の案内板
  
キャンプ場の案内板
豊原の滝
山城山城(三上山城)標識       山城山城入口 
西宮城標識と西宮城方面

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