若狭 白石山城



ファイルNo3132

典型的な連郭式山城。石垣も残存するももしかしたら後世のものかも?

                           北側の郭東下石垣 

@ しらいしやまじょう 
  別名  

A住所:大飯郡高浜町馬居寺
B目標地点:馬居寺(まごじ)
C形式:山城  D比高:250m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀切・堀?・土塁・石垣
G時代/人物:戦国期/粟屋氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  林道終点から10分

J撮影・訪問時期:2016年07月

  

道案内 ←林道終点    ←城跡

舞鶴若桜道の小浜西インターから国道27号線に入り約11km先、和田駅の信号で左折、すぐに右手が若桜和田駅で、踏切を渡ります。渡って100m先の信号を左折します。400m先で右折します。(馬居寺の標識有) 約1.6km先の馬居寺まで行き、そこから林道を約1km先の終点まで行きます。そこから山に入って5分ほどで城域です。、 
訪城記録

林道終点からやや左側から入ります。いったん窪みを越えてから尾根道を登って行きます。この窪みも堀切なんかな? 5分もしないうちに最初の堀切に至ります。堀切は幅はありますが不明瞭。ただ、郭側切岸斜面は高くしっかりしています。この城は大きく区切ると、南の郭、中間郭、北の郭、北端郭の四つの郭が南北に構成された連郭式の城郭です。中間郭は真ん中に空堀のような窪みが東西に延び、仕切られている感じです。 北の郭の郭は大きく、中央に今も祠がありました。南郭は西側に低い土塁をもった郭です。南郭を越えると二つ目の堀切です。一つ目の堀切より明瞭で中間郭側斜面には石垣の痕跡もあります。中間郭の西下にはわりとはっきりとした低い石垣が残ります。中間郭の途中から北の郭までの東側下には帯郭が残ります。中間郭と北側の郭の境は低い段差のみです。北側の郭は一番大きな郭です。東側下に明瞭な石垣が残り、北側にはスロープ状にL字に曲がる虎口があります。この道を守るように石垣が残存しています。北側の郭の北斜面(切岸)にも石垣の残存が見られます。北端の段郭の下には北側堀切があり、土橋も明瞭です。 城跡を歩いてみて北側の郭周辺は祠があることから神社跡に見えます。石垣もその神社に関連しているのかとも思わせますが、麓から見るかもしれない北側の郭と西斜面に石垣が構築されているし、堀切など城としての防御もあり、城跡には間違いはないのでしょうけど。

歴史

築城時期、築城者、廃城時期も定かではないようです。永禄年間(1558〜70年)に若狭武田氏の家臣で粟屋小次郎が逸見氏の抑えとして築城したと伝わるようです。その後、武田氏は衰退、天正元年に朝倉氏が滅亡後、若狭は丹羽長秀が領し、粟屋氏も長秀の家臣団に組み込まれたようです。


北側の郭石垣                 北端段郭下の堀切と土橋
扇石           馬居寺         観音堂
  
林道終点からの侵入路                 尾根の斜面
最初の大堀切
大堀切から郭土塁
南の郭と土塁
南の郭と土塁
二番目の堀切
堀切                堀切越しに南の郭
中間郭西側の石垣
堀切から中間郭切岸と残存石垣        中間郭から堀切
中間郭の石垣
中間郭と土塁
中間郭にある空堀風窪み
北側の郭                北側の郭東下帯郭
北側の郭東側石垣             北側の郭の虎口
北側の郭の北斜面と残存石垣
北側の郭の北斜面と残存石垣
北側段郭下堀切と土橋

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