若狭 / 天ケ城上城



ファイルNo1992

大きな堀切が三方向に残る城

                           堀切土橋  

@ てんがじょうかみじょう 
  別名 天ケ城 

A住所:小浜市福谷
B目標地点:羽賀寺
C形式:山城  D比高:240m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀切・竪堀・土塁
G時代/人物:戦国期/内藤氏
H満足度:凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  羽賀寺の駐車場から30分

J撮影・訪問時期:2008年10月・2016年07月

  

道案内 

国道27号線の湯岡橋東詰の信号を北側に行き、羽賀寺を目指します。800m先の信号を右折し県道24号線に入り、2.3km先の信号で左折し県道220号線に入ります。700m先で北川を渡り、橋を渡ると県道は左折し、600m先を右折します。道なりに右手の山すそを3kmほど進み、左折し左側の山に向かいます。1.4km先が羽賀寺です。あるいは、若桜自動車道小浜インターを下り、小浜インターの信号を右折し県道24号線に入り、180m先ですぐに右折します。1km先北川の橋を渡った信号を左折します。川沿いを進み、800m先を右折します。2km先を左折し1.2km先が羽賀寺です。
 
訪城コメント

前回は夕方の訪城で断念し、帰りがけに明通寺に寄ってきました。国宝の本堂と三重塔が残ります。 今回は夏場ではありましたが、下草も少なく快適に見学ができました。羽賀寺本堂の右手に登城口があります。少し登るとお堂があり、そこからほぼ一直線で尾根まで登る登城道です。ロープと木の階段が設置してあり、配慮はされてますが、傾斜は急です。比高約200mを一気に尾根まで登ります。尾根に出たら右手方向に登って行きます。比高で30mほど登ると主要部手前の最初の堀切です。明瞭な土橋が残り、堀切から竪堀も大きいです。堀切の上が主要部です。主要部は幅のある細長い郭が下の段、上の段、山頂郭と大きく三段に分かれています。各段の間には土塁が横たわり、虎口を形成しています。山頂郭は櫓台でしょうか?山頂郭から北側へ下りると二重堀切があります。この切岸も数mあり、高低差がすごいです。二重堀切の先には二段になった先端郭があります。先端は土塁が巡っています。さらに、山頂郭の東側下の細尾根には無骨な堀切が1条残ります。堀切としては幅は無いですが高低差はなかなかです。以上が上城主要部の状況です。上城はまだ登城道とは別の急支尾根に小郭の段郭を連ね、中間に堀切があるという構造の郭群がありますが、ここへの道がなく、斜面を急で岩場砂地のようなもろい斜面の上、木々がまばらで捕まる木もないため危険です。さらに、その下の尾根斜面には下城も存在します。下から登れるかは登り口を見つけていませんのでなんともいえません。いずれにしても上からこの急斜面に尾根上の郭群に行くのはやめておいた方がいいでしょう。

集落の案内板より
歴史

若桜武田氏の守護代内藤氏の一族の城で、内藤筑前守(元廉)が天文年間頃(1532〜55年)に築城したようです。弘治二年(1556年)に武田氏は家督相続で乱れ、永禄十一年(1568年)には朝倉氏の侵攻を受けて武田氏は衰退し、元亀元年(1570年)には内藤筑前守勝行は織田氏に従い、その後、丹羽長秀配下であったようです。何時頃廃城等は不明です。伝承では平安期に源義昌が拠ったというのもあるようですが、信憑性は無いようです。


山頂郭北側下二重堀切             山頂郭東下尾根堀切 

城跡遠望                       山頂郭からの眺望
羽賀寺本堂                     本堂横の登城口
一直線に登る登城道                 尾根から右手へ登る
城跡手前の尾根上
  
城域最初の堀切と土橋
主要郭先端
主要郭中間
主要郭下の段と上の段の境の土塁
山頂郭への虎口
山頂郭
山頂郭から主要郭を見る
山頂郭からの眺望
山頂郭北側下二重堀切
山頂郭北側下二重堀切
北側先端郭
北側先端郭
山頂郭東側下尾根堀切
山頂郭東側下尾根堀切

明通寺  
明通寺の国宝の本堂と三重塔
明通寺の紅葉

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