越前 / 西光寺城
(保田城)



ファイルNo1731


                                  東の堀切 

@ さいこうじじょう 
  別名 

A住所:勝山市鹿谷町西光寺・保田
B目標地点:
C形式:山城  D比高:100m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀切・畝状竪堀・説明板
G時代/人物:戦国期/朝倉氏・田所氏(一向宗)
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  15分

J撮影・訪問時期:2007年07月

  

道案内 

北陸自動車道福井北インタを下り、国道416号線を進みます。20Km先、伊波の信号(県道17号線との分岐点)のひとつ手前の信号で右折し県道31号線に入ります。すぐ勝山北部中学横を越え、荒鹿橋で九頭竜川を渡ります。渡るとすぐえちぜん鉄道発坂駅横を越えます。1.4Km先(高架のガード越えた先)の右手山すそに大きな「西光寺城址」の看板が見えます。そこへ農道を使って行きます。<県道から500m先>

訪城コメント

西光寺城址の大きな看板の脇に登城道があります。谷筋を登って行くと最後は尾根までが急斜面で、大きな木々にロープがくくり付けてあり、これを頼りに登ります。尾根まで登ると右手方向(尾根先端方向)に進むと城跡です。主郭を中心に東西に郭を配し、郭間は堀切で隔て、その外側も数条の堀切があります。また、主郭周囲の斜面には一向宗の城の特長と言われる畝状竪堀がありますが、夏場と言うこともありはっきりしませんでした。東側へも道が続いており保田地区からも登れるようです。ただ、下りてから保田集落に廻ってみましたが、こちら側は道路工事をしていて登城口をふさがれているようです。
主郭
歴史

永正三年(1506年)の加賀一向宗と朝倉氏の抗争前後に、朝倉氏の支城のひとつとして築城されたのではないかと推測されます。あるいは、保田の土豪の田所氏の関連の城、一向宗方の島田氏の拠点という説もありますが定かではないようです。


  主郭西側の堀                西の郭から主郭を見る
城跡遠景(西光寺側)            保田集落内の城跡案内
  
現地案内板より

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