若狭 / 熊川城



ファイルNo1405
                         主郭説明板と櫓台   

@ くまがわじょう 
  別名 

A住所:三方上中郡若狭町熊川 
     旧:遠敷郡上中町熊川

B目標地点:熊川宿、白石神社 
C形式:山城  D比高:100m 
E現況:山林 

F遺構等:郭・櫓台・堀切・竪堀・説明板 
G時代/人物:室町期/沼田氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  白石神社から10分

J撮影・訪問時期:2006年05月

  
主郭背後尾根側の堀切

【道案内】 

北陸高速道敦賀インタを下り、料金所を超えて左側に下り8号線バイパスに入ります。2Km先の岡山1の信号で直進し国道27号線に進みます。5Km先の旗護山トンネルを越えたところで立体交差になっているところが道は交差しているので注意してください。国道27号線を進みます。19Km先の三宅の信号を左折し国道303号線に入ります。3.5Km先の右手熊川宿の通りに入り、右手の松木神社の手前の無料駐車場に止め、道沿い100m先にある白石神社への階段を登ります。(あるいは滋賀県国道161号線の高島市今津町弘川の信号から国道303号線に入り、25Km先が三宅の信号でここを左折し国道27号線に入り、700m先が井ノ口の信号15Km先が熊川の道の駅で、その手前を左折、すぐ右折して熊川宿の通りに入ります。)
  



【現況・訪城記録】

白石神社の本殿を正面にして手前左手の山道を登ります。一応山道になっていてロープもつけてありますが、滑りやすい道です。尾根先端より段郭が直線的に主郭まで続いています。主郭は20m*30m程度で最後部が一段高く櫓台です。この背後の尾根側には堀切が三条ありますが藪状態で見通せません。一番手前の堀切はややはっきりしており、両サイドの竪堀と連動しています。また、主郭東側斜面には畝状に竪堀が五条あるようですが薄くて斜面のうねり程度にしか見えませんでした。尾根先端の神社への斜面にも竪堀が三条畝状に存在します。ここは写真では取れませんが視覚的には判別できました。若狭の中世土豪の典型的な城という感じです。


【歴史】

沼田氏は上野国沼田の沼田氏の一族で、鎌倉期よりここに勢力があったとされます。永禄年間に築城されたと推定されます。築城は沼田弥七郎統兼あるいは沼田勘解由左衛門清延とされます。城は永禄十二年(1562年)に瓜生の松宮玄蕃に攻められ城は落城したとの事です。この後は松宮氏の支城とされ、天正十二年(1584年)に丹羽長秀が若狭に入部した時に廃城になったとされます。 <現地案内板・資料より>


  
尾根先端側の段郭
  
     
  

近くの城・関連の城:

            

松木神社の江戸期小浜藩の蔵屋敷跡             熊川宿