若狭 / 国吉城



ファイルNo1198

戦国らしい連郭の城跡が見事に残る

                            

@ くによしじょう 
  別名 

A住所:三方郡美浜町佐柿 
B目標地点:徳賞寺 
C形式:山城  D比高:120m 
E現況:山林 

F遺構等: 石垣・土塁・堀・碑・説明板
G時代/人物:戦国期/粟屋氏
H満足度: 凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  15分

J撮影・訪問時期:
2001年04月・2014年05月
             2015年10月

  

道案内 

北陸高速道敦賀インタを下り、料金所を超えて左側に下り8号線バイパスに入ります。2Km先の岡山1の信号で直進し国道27号線に進みます。5Km先の旗護山トンネルを越えたところで立体交差になっているところで道が交差しているので注意してください。国道27号線を進みます。国道27号線は新道が出来ています。旧道は、海沿い(坂尻海水浴場)を6Km進み、新道に合流すると佐柿です。新道は国吉城トンネルを越えると佐柿です。合流から500m先の佐柿のバス停でそこを左折します。すぐにまた左折で700mほど行ったところで左折した前方の山が城跡です。右手に徳賞寺があります。館跡の奥の急斜面に登城道があります。 

訪城備忘録

2001年に訪城し、2014年に久方ぶりに城山まで登りました。麓の館跡に石垣遺構が残ります。発掘調査で石垣が出ています。また、江戸期の代官屋敷跡の石垣なども残ります。登城道を登っていくと、途中に高い土塁と食い違いの虎口のあるほぼ単独の郭があります。説明板には二の丸(郭)という標記になっていますが、位置的には出丸ですが、山頂の主要部と違い高い土塁を有し、作られた時期が違うような気もします。山頂の主郭から北西には大きく5つの段郭が連なります。この切岸が高くするどいです。虎口のスロープや登り土塁になってる段郭もあります。主郭は低い土塁が巡り、主郭南側には櫓台跡のような土塁の段があり、その下には大堀切に続いて小さな堀切がふたつ連なります。登城道の上部から主郭周囲には発掘調査で検出られた石垣を各所で見ることができます。2001年当時は発掘調査もまだでしたので、藪、林状態の箇所が多かったですが、2014年、まだ、発掘調査もされていますが、戦国の城が蘇っていました。

2015年10月、去年に引き続き訪城しました。 主郭の東虎口の発掘調査(途中)の現場を見られたのは収穫でした。

主郭城址碑(大正時代建立)
歴史

天文年間(1532〜55年)に後瀬山城主若狭守護の武田氏の家臣であった粟屋勝久が築城したとされます。(あるいは修築したとも伝えられます。) 一乗谷朝倉氏五代の朝倉義景は永禄六年(1563年)から永禄十二年(1569年)の間にこの城に攻め込んだが落とすことができませんでした。その間の永禄十一年(1568年)に武田元明は朝倉氏に拉致された形で一乗谷に移住させられました。元亀元年(1570年)の織田信長の越前侵攻の際に勝久は信長方に付き、国吉城を信長の越前攻め本陣としました。しかしながら、その際は浅井氏の謀反により信長は越前より撤退を余儀なくされました。その後、天正元年(1573年)に一乗谷を攻め朝倉氏を滅亡させますが、この先陣には勝久がおり、元明を救出しています。本能寺の変以後、勝久は豊臣秀吉によって転封させられたようですが詳細が不明です。国吉城には木村常陸守重滋が入り佐柿に城下町を作ったとされます。しかし、重滋も文禄四年(1595年)の秀次事件に連座し自殺し木村氏は改易されたようです。若狭はその後には堀尾氏、浅野氏、木下氏、京極氏の支配下となり、江戸期に入り酒井氏が小浜城主となり、この地は小浜藩領となり、この麓に佐柿奉行所が置かれ、佐柿は宿場町となりました。


出丸土塁(食い違い虎口)                      段郭を上から  
段郭の高い切岸
狼煙を上げている国吉城主郭を遠望
2001年撮影
主郭             2001年撮影        主郭斜面石垣
主郭土塁           2001年撮影           段郭切岸
資料館説明板より
もっと国吉城   2014年・2015年撮影
出丸土塁
登城道途中の石積み痕跡                   登城道途中の眺望
主郭下石垣
二の郭北側下石垣                      主郭下石垣
主郭虎口石垣                             主郭  
主郭南下堀切                       連続堀切
主郭下堀切石塁                           段郭@
段郭Aと切岸                          段郭Bと切岸
段郭Cと切岸と坂虎口
段郭Dと切岸
段郭Dと登り土塁                           段郭@からの眺望
主郭東虎口発掘調査現場2015年・石段
主郭東虎口発掘調査現現場2015年・石段側面石垣
大きな写真  
出丸
出丸土塁
出丸土塁
主郭石垣
段郭と切岸
石垣

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