越前 / 安居城



ファイルNo1189

足羽七城のひとつ

                                     主郭の案内板と土塁   

@ あごじょう 
  別名 

A住所:福井市金屋町〜下市町
B目標地点:与須奈神社
C形式:山城  D比高:60m 
E現況:山林

F遺構等:郭・土塁・竪堀?・碑
G時代/人物:南北朝期/細川氏・朝倉氏
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  8分

J撮影・訪問時期:2007年11月

  

道案内 

北陸自動車道福井北インタを下り、料金所の先の信号を右折します。300m先の信号を右折し国道416号線に入ります。2.8km先の新保の信号で国道8号線を越えます。4.2km先の信号で国道は右折ですが、そのまま直進して県道251号線に入ります。1.3Km先で日野川を明治橋で越えます。橋を渡って300m先の信号を左折します。600m先で県道は右折ですがそのまま直進します。1.6km先の日光橋の袂で県道115号線に合流、右折になります。日野川沿いを350m進むと尾根先端が張り出している箇所があります。この尾根上が与須奈神社で、この手前の路地に右折します。100m先に溜池があり、この溜池の尾根側に登り口があります。

   
訪城コメント

以前来た時は潰れたホテルから城域に入ろうとしましたが、道がわからず断念。今回も最初はよくわかりませんでしたが、裏手の溜池に廻り、溜池と尾根の間の広場を歩くと登城道(ハイキング道)がありました。ここからはなんなく城跡に入れました。尾根の途中を削平した主郭と尾根上の副郭という感じです。主郭は比較的広く居館跡という感じです。城域の背後も少し登ってみましたが、遺構らしいものは見当たりませんでした。神社は出城の役割があったと思われ、潰れたホテルのある箇所は堀切跡であるようです。

主郭
歴史

北朝方の足羽七城の一つで、守護斯波高経の家臣の細川出羽守が築いたとされます。延元三年(1338年)に新田義貞が攻めた五ヶ所のうちの一つとされます。戦国期に入り、朝倉氏景の弟の経景が入り、以後、子孫が居城としました。景建は元亀元年(1570年)姉川の戦いでは朝倉方大将まで務めた武将でありますが、天正元年(1573年)の朝倉義景滅亡の際は義景を裏切り信長に降り、名を安居景建としました。その後、一向一揆と和して信長に対抗したため信長から自刃を命じられました。天正三年(1575年)には豊臣秀吉より戸田武蔵守勝成が1万石を与えられて居城としましたが、関ケ原の合戦では西軍に属したため改易され廃城となりました。


足羽七城:小黒丸城、勝虎城、藤島城、波羅蜜城、安居城、江守城、北庄城をいうようです。


 城址碑                      副郭の低い土塁

主郭への入口                 登城口
  
県道沿いの案内板

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