近江 徳昌寺館



ファイルNo3988


               東南角の土塁と空堀             

@ とくしょうじ
  別名 徳昌寺遺跡 

A住所:東近江市上羽田町
    旧:八日市市上羽田

B目標地点:徳昌寺
C形式:平城  D比高:ーーm 
E現況:寺院

F遺構等:郭・土塁・堀
G時代/人物:ーー期/ーー氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  2分

J撮影・訪問時期:2023年12月

  

道案内 

国道8号線の近江八幡市六枚橋の信号で県道14号線で南へ進み、岩倉の信号で県道41号線に入ります。道なりに3Km先の右手光照寺の前で左折し約300m先の左手です。
 (または竜王町から県道43号線で雪野山トンネルを越え約1km先、雪野山口東の信号で左折し、約300m(左手が光照寺)を右折し約300m先の左手です。)  

徳昌寺前の道には駐車場がありません。光照寺前で曲がってから約150m先の路地に左折し、約150m先を右折、約200m先の右手が徳昌寺の墓地駐車場です。

訪城備忘録

広大な敷地の中心に徳昌寺があり、山門の西側の雑木林の中に西側、南側から東側にコの字に土塁とその外側に空堀が残り、北側にも断片的に土塁が残ります。この山門手前の西側の遺構以外に寺の北東側にも居館跡のように土塁と空堀が残るとの事です。

徳昌寺山門
歴史

築城時期、、築城者など不明ですが、発掘調査では十三世紀〜十六世紀までの遺物が出ているようです。お寺の創建時期も不明のようですが、江戸初期に臨済宗妙心寺派となったようです。

南面外側の土塁と空堀      北側の土塁
  
東側から土塁と手前の堀を見る
北側土塁
虎口風開口部(北東側)
南面の土塁と空堀
東南端の土塁と空堀
郭内から土塁
羽田陣屋 3989

雪野山口東の信号を東側(集落内)に入ります。約400m先、円通寺の北側、道沿いに長屋門があり、ここが陣屋跡です。別名は上羽田陣屋、大庄屋久保屋敷とも言われます。 
 

長屋門は江戸期の建物のようです。陣屋跡に住まわれた大庄屋の御子孫がお使いになっていたようですが、現在は住宅は取り壊され、長屋門だけ残されています。更地の北側には低い土塁状になってますが、当時のものかは不明です。往時、陣屋は現在の更地の三倍ほどはあったらしいです。

寛文四年・五年(1663念・1664年)、仙台伊達藩の飛び地領地の陣屋として築かれました。
長屋門と神社     陣屋内現況

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