近江 垂井城



ファイルNo3727


              土塁              

① たるいじょう 
  別名 甲斐屋敷・甲斐城  

②住所:甲賀市甲賀町大原中
③目標地点:
④形式:平城  ⑤比高:ーーm 
⑥現況:宅地・雑木林

⑦遺構等:郭・土塁・堀・説明板
⑧時代/人物:戦国期/垂井氏(大原氏)
⑨満足度: 凸凸
⑩最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  2分

⑪撮影・訪問時期:2021年04月・2024年04月

  

道案内 

国道1号線で湖南市(旧甲西町)方面から来ると、西名阪という信号の50m先の信号で右折し甲賀水口中心部に入ります。県道549号線を進みすぐの本綾野の信号で右折して水口町市街地(現:甲賀市)を抜けます。近江鉄道を越えて約600m先の内貴橋北の信号で右折し、県道122号線(旧:国道307号線)に入ります。道なりに約1.5Km先の三大寺北の信号で県道4号線と合流し進みます。庚申口の信号で国道307号線を横切りさらに県道4号線を進みます。庚申口の信号より約9Km先、大原市場の信号で左折し、県道24号線に入ります。約800m先の県道126号線との分岐の相模の信号は斜め右方向で県道24号線をそのまま進みます。約600m先の左は大鳥神社参道、県道をさらに100m先は鳥居野の交差点で県道24号線は左折ですが、直進して県道129号線に入ります。約600m先、Y字で県道は斜め右です県道をそのまま進み、約50m先を右折し約100m先左手に説明板があります。

<あるいは国道1号線より県道126号線から佐山小学校で県道127号線に入り約2.5Km先で県道24号線に右折し約2.5Km先が鳥居野の交差点です。>
  
訪城備忘録

実のところこの城館は知りませんでした。集落内に残存土塁が数カ所残ります。道沿いの説明板の背後に土塁が道に沿って残り、その土塁の背後にさらに大きく、長く土塁が残ってます。この土塁と土塁の間は往時は空堀ということになるのかな? 道の反対側の宅地内にも土塁があり、祠があります。さらに宅地の背後で川沿いの竹藪内にも土塁が残りますが、藪藪な感じなので諦めました。 しかし、全体として、思いのほか土塁が残ってるなという印象です。

2024年4月に再訪しました。道路反対側の宅地背後(川沿い)の土塁の竹藪が伐採され丸裸になってました。

説明板と土塁
歴史

垂井氏は大原氏の庶流になります。(美濃の垂井から応永年間(1394~1428年)に移住し領主となったとも言われるらしいです。) 明応年間(1492年~1501年)に垂井甲斐守が築城したとされます。

右手土塁      宅地内土塁
現地説明板より
  
土塁
土塁
向こう側は長い土塁
伐採された土塁
川沿いの土塁
川沿いの土塁全景
大久保城 3728
大久保集落
① おおくぼじょう 
  別名  

②住所:甲賀市甲賀町大久保
    甲賀郡甲賀町

③目標地点:
④形式:平城  ⑤比高:ーーm 
⑥現況:集落・田畑

⑦遺構等:なし
⑧時代/人物:室町期/大久保氏
⑨満足度:

⑩最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  2分


⑪撮影・訪問時期:2021年04月

   
甲賀53家のひとつ、大久保氏の城館です。 鈎の陣<長亨元年~三年(1487~89年)>の際に六角氏を支援した甲賀衆の中に大久保源内の名があります。 大久保集落内、あるいは、県道の反対側に城館があったようですが、地表遺構はないと思われます。

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