近江 海津山城



ファイルNo3598


             遺構群Aの横堀               

@ かいづやまじょう 
  別名 山崎山城 

A住所:高島市マキノ町西浜〜海津
    旧:高島郡マキノ町

B目標地点:山崎山・海津天神社
C形式:山城  D比高:100m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀・竪堀・土塁
G時代/人物:戦国期?/海津氏?
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  20分

J撮影・訪問時期:2019年09月

  

道案内    ←登り口

北陸自動車道木之本インタを下り、国道8号線を敦賀方面に進みます。約8Km先の塩津の信号で左折し、国道303号線に入ります。約10Km先(奥琵琶湖トンネルを越えた先)の野口の信号で左折し国道161号線に入ります。約3.5Km先の海津の信号で、さらに約1.5km先で(海津天神社前から約300m先)右折します。約200m先の湖西線の高架下を越えてすぐに右に曲がります。すぐにゲートがあり、これを入ります。入ってまたゲートでそれを入り、湖西線のトンネルの横まで登ります。トンネル横で左手方向の小道を登ります。少し行くと高圧鉄塔の分岐点がありこれを左手に行きまます。そのまま登って行くと遺構群@に至ります。
 
訪城備忘録

この城は山崎山の中腹にみっつの遺構群に分かれています。しかし、私はよくわからずで、湖西線沿いの西の端から支尾根に取り付きそのまま山崎山頂(比高220m)まで登ってしまい、山頂が遺構ではないことがわかって南東側の斜面を下りて遺構群Aに至りました。遺構群Aは城域端に横堀が三日月状に横たわり、その上の台地上のところが遺構群Aの郭群になります。低い切岸などで多数の郭のような平坦地はありますが遺構と言う感覚にはなりませんでした。遺構群Bは遺構群Aのさらに奥まったところにあるようですが今回は断念しました。遺構群Aから下に下りると広い平坦地があります。シダに覆われていて遺構なのかはわかりません。ここを越えるとさらに段差を下りますと右手に土塁状の高まりが続きます。資料では小郭群のようで、この左手に平坦地があり、この周辺が遺構群@です。土塁状に沿って小道があり、これを下りて行くと道案内のトンネル横に出ました。なお、海津天神社本殿背後(愛宕神社)から尾根に取り付いたら近そうですが神社背後は神域ということで立ち入り禁止ですし、いずれにしても湖西線のトンネル上でフェンスに阻まれて行けないと推測しますので、もし行って見ようとお考えの方は道案内のように行かれるが無難です。

海津天神社鳥居
歴史

詳細不明です。海津城の詰め城であれば田屋城の田屋氏の一族の海津氏の城と言うことになりますが不明です。

遺構群Aの郭
地理院地図 危険ですので加工した案内を載せます
山崎山遠望
左手:山崎山山頂部 中央:城域
  
遺構群Aの横堀と郭を上から
郭   遺構群A  切岸
土塁状  遺構群@  郭
遺構群@の土塁状
山崎山山頂部
南東斜面の段々状の地形
南東斜面の段々状の地形

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