近江 北内貴城



ファイルNo3311


                            主郭へ架かる土橋

@ きたないきじょう 
  別名 比佐殿屋敷 

A住所:甲賀市水口町北内貴
    旧:甲賀郡水口町

B目標地点:みなくち子供の森・みなくち総合公園
C形式:丘城  D比高:40m 
E現況:山林

F遺構等:郭・土塁・堀
G時代/人物:室町期/美濃部氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  10分

J撮影・訪問時期:2017年08月

  

道案内 

国道1号線で湖南市(旧甲西町)方面から来ると、名阪の信号の50m先の本綾野の信号で右折し甲賀水口中心部に入ります。1.6km先の城南の信号で左折し県道535号線に入ります。600mを右折した100m先が水口大橋北詰の信号です。これを直進して国道307号線に入り、水口大橋を渡ります。橋を渡ると水口大橋南詰の信号で、ここを左折し「みなくち子供の森」に入ります。園内に駐車場は並んでいる一番奥から遊歩道を「みなくち総合公園」内を歩きます。左手に大きな池を越えたところで、左手に入っていくと藤棚風のところに猪の捕獲罠があり、ここ藤棚後ろから入ります。

訪城備忘録

訪城は夏場でしたんで麓は藪藪です。しかし、登り口のみは笹藪ではありますが、そうきつくなく、10mほど藪漕ぎすると丘陵の斜面下に出ます。斜面は草は少なく登りやすいです。尾根まで登ると右手にすぐに城跡でした。城跡が尾根の中間点にあるという点では少し甲賀の城郭群とは違うのかもしれません。主郭は四方を土塁が巡り急峻な東側を除いて空堀が巡ります。南側に虎口があり、明瞭な土橋が残ります。普通、甲賀の城館はここまでなんですが、主郭の南側に規模のある副郭があります。一直線の空堀が南に続き、その横に同様に一直線の土塁は横たわります。この土塁は南端で東側に回り込んでます。その外側に空堀があります。北側はいったん土塁が切れてますが、主郭に近い北側に虎口があり、この虎口は東側下の段郭に続いている感じですが、今回は降りませんでした。副郭の西側の平坦地は資料では郭ではないようですが、屋敷地という感じなんだけどな。比佐殿屋敷というのは主郭ではなく副郭に御殿があったんでしょうね。

城跡遠望
歴史

永禄年間(1558〜70年)に美濃部茂忠が築城したとされます。子の治茂の妻女の比佐姫が住んだことで比佐殿屋敷と呼ぶようです。

美濃部氏は甲賀53家であり、その内の21家であり、伴氏、山中氏と合わせて柏木三家と呼ばれるそうです。
美濃部氏は菅原道真の末裔と言われます。道真が太宰府に左遷された際に、道真の四男の4男淳茂は菅原家の荘園であった美濃部の郷(今の水口)の長(おさ)預けられ、その後、長の娘との間に直茂をもうけました。淳茂はその後京都に帰りますが、直茂は美濃部に残り、美濃部直茂と名乗りました。美濃部氏は甲賀武士の中心的存在であり、その後、信長に仕え、家康に仕えて、江戸期は旗本になりました。五代古今亭志ん生、三代目古今亭志ん朝、元東京都知事美濃部亮吉はご子孫との事です。菩提寺は心光寺が水口にあります。

副郭と土塁         主郭と土塁
  
主郭北側土塁と空堀         主郭南側土塁上
主郭土塁より副郭土塁と空堀         主郭の空堀      
副郭の土塁と空堀
副郭土塁上から主郭方向
副郭土塁        副郭南側空堀
主郭土塁を見る
主郭空堀と土橋
主郭東側空堀
副郭空堀
副郭東側土塁         副郭東側虎口と通路
主郭土橋を横から
主郭北側空堀と土塁を東端から
   
麓進入口        斜面
城跡手前

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