近江 / 高嶺北城



ファイルNo1930

高峯氏本城

                                  西側虎口   

@ たかみねきたじょう 
  別名 

A住所:甲賀市甲賀町高嶺
     旧:甲賀郡甲賀町
B目標地点:天理教教会

C形式:丘城  D比高:40m 
E現況:山林

F遺構等:郭・土塁・堀・堀切
G時代/人物:室町期/高嶺氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  天理教近く道沿いから10分

J撮影・訪問時期:2008年08月

  

道案内 

国道1号線で湖南市(旧甲西町)方面から来ると、西名阪という信号の50m先の信号で右折し甲賀水口中心部に入ります。県道549号線を進みすぐの本綾野の信号で右折して水口町市街地(現:甲賀市)を抜けます。近江鉄道を越えて600m先の内貴橋北の信号で右折し県道122号線(旧:国道307号線)に入ります。道なりに1.5Km先の三大寺北の信号で県道4号線と合流し進みます。庚申口の信号で国道307号線を横切りさらに県道4号線を進みます。庚申口の信号より約11Km先の田堵野西の信号を県道4号線側に左に進まずにJR草津線に沿って直進します。油日駅手前の油日農協前の信号で右折し、草津線を越えてすぐに二股を左手に県道61号線を進みます。善福寺を越えて薮内橋のバス停を過ぎると左手が和田城、右手に和田支城が並びます。ここからさらに県道61号線を県境へと進みます。1km先でゴルフ場の陸橋を過ぎ(両サイドがゴルフ場)、さらに1km先で高嶺西のバス停に至ります。Y字を右手に入ります。(左はそのまま県道です)すぐ右手に天理教の教会があり、Y字から100mほどで左に田んぼの中に細い道のある箇所に至ります。この反対側右手に民家への道があります。ここに歩いて入り、民家手前の右手の土手上に登ると細い道がありますのでここを進みますと城跡です。(夏場はこの細い道が藪状態です。10mほど藪漕きすると山道があります)
 
訪城コメント

実のところこの城には二週続けて行きました。一回目はカメラを忘れたので、二回目に写真を撮りにきました。一回目は道沿いの空き地から西側の尾根を登りましたが、藪がきつくて往生しました。二回目は民家の横から入らせてもらえましたので、最初だけ藪漕きですが、すぐに道があるのでこの方が楽でした。城は主郭を中心に北・西・南東に副郭を持っていて、南東の郭との間に長い堀、北の郭との間、西の郭との間に短い堀が確認できます。北の郭の先には明瞭な二重堀切もあり、これは見応えあります。(和田支城Uレベルの堀切) 主郭は土塁が巡り、西と南に虎口がありますが、主郭内は藪状態、南の虎口付近からスロープ状に道がありますが、ここら辺も草木が多く残念でした。ここに滋賀県教育委員会の史跡杭が立っていて、マジックで高嶺北城と手書きされてました。

主郭虎口付近
歴史

この高嶺の地区六城(高嶺北城・高嶺中城高嶺東谷城・伊賀見城・高嶺山城・高嶺南城)の本城と考えられる城で、高嶺氏の城砦郡であり、高峯蔵人の城と言われます。高峯氏は伊賀との国境を守るため、六城を構築したようですが、それ以上の詳細な史料はないようで、天正年間に滅びたとされるようです。


主郭北側堀                         北側の二重堀切

主郭内土塁                           主郭下堀

高嶺中城・高嶺東谷城 
    高嶺北城遠景                        高嶺中城遠景 1931 


 城跡を正面から     高嶺東谷城遠景 1932     県道沿いから遠景

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